翻訳未経験者が、数か月でトライアルに合格できるか?
どの分野の翻訳をするのかによって、必要な勉強期間は異なりますが、
翻訳業界の中で約90%の需要を占める「実務翻訳」について
「翻訳経験ゼロから」3ヶ月あるいは6ヶ月程度でトライアル合格できるのか
について、翻訳者の立場から分析してみたいと思います。
目次
翻訳トライアルとは
翻訳トライアルとは、翻訳会社への入社試験のようなもので、トライアルに
合格して初めて、仕事の依頼を受けられるようになります。
希望する翻訳会社の登録翻訳者になるためには、
- 翻訳会社の募集要項に従って応募書類を提出し(①)
- 翻訳会社の書類審査をパスすれば、試験問題が送付され(②)
- それに対して応募者が解答を返送し(③)
- 翻訳会社が合否判定して、応募者に通知する(④)
という流れになります。
ただ、通常の入社試験と違う点もあります。
通常の入社試験では、合格し業務内容に従った仕事をこなせば所定の給与を
得ることができますが、トライアルの場合には、合格して登録翻訳者に
なっただけでは1円のお金にもなりません。
つまり、登録翻訳者は仕事(実ジョブ)を受注して指示通りに翻訳をして
(翻訳スタイルガイド等の遵守)納品し、翻訳会社の検収プロセスを経た後で
なければ報酬を得ることはできない仕組みになっています。
翻訳未経験者でも翻訳トライアルに応募しよう
応募先の探し方
では、このトライアルの応募先はどのようにして探せばいいのでしょうか?
知り合いのコネで、という場合もあると思いますが、一般的には、翻訳会社の
HP上に掲示されている「翻訳者募集」のページを閲覧するか、あるいは、
「翻訳者ディレクトリ」のような翻訳求人サイトを利用して、自分の希望に合う
会社ないし仕事を選び出します。
応募方法
その際に提出する応募書類は、通常、ワードファイル等にまとめた「CV」
(履歴書)と呼ばれる書類をメールに添付して、トライアル担当者に送付します。
ただし、大手の場合は、業務効率化のためにネット上に「応募ページ」を
設置し、そこに記載されたフォーマットに必要事項を記入することで
応募完了となる場合もあるようです。
応募先の選び方
トライアル受験の目的は、トライアルに合格して仕事を獲得することなので、
まずは、翻訳会社の「応募要項」に記載されている要件(英語力、ITスキル、
トラドスなどのCAT(翻訳支援)ツールの経験の有無)などを十分検討して、
トライアルを突破できる可能性が高い会社を選ぶことが大切です。
応募書類の書き方
応募する翻訳会社を選んだら、次に、自分が「応募要件」を満たした「即戦力」
であると期待させるだけの応募書類を作成していきます。
( 参照:CV作成前の意識改革こそ重要)
応募要件をよく読まない、自分の都合を押し付る、ビジネスマナーがなってない
というような書き方をしていると、書類審査で落とされてしまい、トライアル
さえ送られてこない可能性が高くなります。
翻訳者はあくまで「選んでもらう立場」であることを忘れずに、相手が自分に
「興味」を持ってくれるような書類を準備することが必要です。
(参照:トライアルに応募しても書類審査で落ちる10のパターン)
そもそも、翻訳会社がトライアルを行っている理由は、
将来、自分の会社の「戦力」になってくれる「人材を確保」するためですから、
CV(履歴書)を見て、そのような「期待」が持てない人にトライアルを
送ることはまずありません。
大手の中には、トライアルに応募さえすれば、自動的にトライアル課題文が
ダウンロード可能なところもありますので、自分の実力を試したいという
ことであれば、そうしたところを利用する手もあります。
ただし、自動的に課題文がダウンロード可能だということは、
解答を提出した段階で、応募内容の審査が同時平行で行われているか、または、
応募とトライアルの解答送付までは誰でもできるが、合格が出にくいシステムに
なっている可能性があります。
大手の翻訳会社を選ぶべきか
大手が良いとは一概に言えませんが、大規模プロジェクトを抱えていれば
大量の翻訳者が必要となりますので、合格の可能性は高くなるでしょう。
ただし、大型プロジェクトの場合、シビアなコスト管理のために、予想外に
レートが低かったり、翻訳者を希望したのに、そうではないチェッカーや
派遣へと振り向けられてしまう可能性は十分考えられます。
このように、条件はあまり良くない可能性もありますが、CV(履歴書)に
「実績」として書けるというメリットはありますので、そのように割り切って
応募するもの1つの手かもしれません。
ただし、翻訳会社によっては、このような大型プロジェクトの翻訳実績は
あまり高く評価しないという所ありますので、その点は心にとめておいて下さい。
これに対して、小規模・中規模の翻訳会社では、クライアントや案件に
特徴があり、うまくはまれば仕事が継続的に受注できますし、実力次第では
それなりの高レートも可能ですがその分、トライアルの難易度は上がります。
まずは、ある程度「数」を受けてみて、トライアルの傾向(仕事内容・難易度等)をつかむことをオススメします。
翻訳トライアルの問題について
どこかに例題(サンプル)はあるのか
翻訳会社が、自社のトライアルの「過去問」をネットで公開することは
原則ありませんので、トライアルの練習をするためには、どこからか例題を
探してくる必要があります。
そこでお勧めしたいのが、自分が決めた専門分野や得意分野の、例えば
「日本語と英語のペア」の「題材」を使って、自分が行った訳文と「公開訳」を
比較して「自己採点」する方法です。
もしこの段階で、他人の採点を必要とするようでは、完全に実力不足です。
あなたが中学・高校時代に、英語の試験を受けた際に答案が返却されるまで、
60点なのか80点なのか90点なのか95点なのか、全く想像できない
ということがあったでしょうか?
翻訳を仕事にしようという人は、少なくとも英語はトップレベルだった
はずですから、自己採点で85点か90点か95点か、ケアレスミスがなければ
満点なのかは、かなりの精度で予測できたはずです。
もし、今それが出来ないのだすれば、そもそも原文の内容が理解できていない
可能性が非常に高いですから、英語の勉強は直ちにやめて、日本語(読解力・
論理力等)と、その分野の基礎知識の習得をすべきでしょう。
トライアルでチェックされるポイントとは
「トライアル添削」は新しい翻訳者の確保のために必要な業務ですが、
お金にはならないので、できるだけ効率化すべく、トライアルにあらかじめ
数か所「トラップ」が仕掛けてあることが多いです。
つまり、トライアル全体をチェックしなくても、その箇所さえ確認すれば、
すばやく合否判定できるような「ポイント」が設けられているのです。
ですが、こうしたトラップは当然ながら公開されているわけではないので、
トライアル挑戦者には見抜くことが困難です。
具体的に言うと、翻訳会社のトップクラスの翻訳者ならまずミスをしませんが、
中級以下の翻訳者なら、思わずやってしまいそうなパターンが仕込まれている
ということです。
トライアルと実ジョブに難易度の差はあるのか
翻訳会社によりますが、最近は実ジョブより少し難易度を上げたトライアルが
増えているようです。
これもAIエンジンの登場と無関係ではなく、昔と比べて、より高いレベルが
翻訳者には求められていると言えるでしょう。
翻訳未経験者がめざすべき翻訳スピード
プロの翻訳者は1日何ワード訳すのか
各翻訳会社の「募集要項」をチェックすればおおよその相場が分かりますが、
一般的にプロの翻訳者は、1日平均約2000ワード処理することが求められています。
ただし、1日「平均」2000ワードですから、体調不良や家庭の事情などで
1日フルに仕事に向かえない場合もありますので、トップスピードは当然
それ以上のものが要求されます。
さらに言うと、例えば「10日」の納期で「20000ワード」の翻訳依頼が
来た場合に、自分は1日2000ワード処理できるから、十分納期に間に合う
だろうと簡単に考えてはいけません。
実ジョブは、いつも自分の得意分野の案件が来るわけではありませんので、
仮に、あまり馴染みのない分野の仕事が来た場合は、以下のようなスケジュール
で仕事を勧めていく必要があります。
すなわち、最初の2日で「調査」と処理速度を上げるための「下準備」
(用語集の整備やメモリ構築)を行い、1週間で「翻訳作業」は完了させ、
残り1日で「最終チェック」を行って納品することになるからです。
つまり、翻訳に実質使える日数は、10日のうち7日間しかないため、
20000ワード÷7日で、処理速度は一日約3000ワード必要だという
計算になります。
このように、納期までの日数のすべてを「翻訳作業」に振り向けることは
できないので、1日2000ワードで単純計算された納期を厳守するには、
それを遙かに上回る処理速度(例えば3000ワード)が必要だということが
お分かり頂けたと思います。
自分の翻訳スピードを知ろう
1日平均「2000ワード」が、プロの翻訳者に求められる最低限の基準
だとして、あなたは自分がその基準を満たしているか確認したことが
あるでしょうか?
これを確認せずにトライアルに応募しても意味がない、というより、非常に危険です。
なぜなら、もしトライアルに合格した後に実ジョブが来て、毎日2000ワード
を処理することが求められた時に、仕事に穴をあけてしまう可能性が非常に高い
からです。
実際、そのようなトラブルが発生しました。
自己申告であることをいいことに、「1日2000ワード処理できます」と
応募書類(CV)に書いて応募する人が現れたのですが、実際に仕事を依頼して
みると、そのスピードで翻訳できない人が続出したのです。
早めにギブアップしてくれれば、まだ対処のしようもありますが、納期直前に
なって「間に合いません」と言われても、翻訳会社としては、もう真っ青です。
もし、納期に遅れることになったら、クライアントからの信頼が失墜して、
翻訳会社自身も仕事を失いますので、割増金を払ってでも誰かピンチヒッター
を探して穴埋めをしようとするはずです。
その会社から二度と仕事を受注できないだけで済めばまだいいですが、最悪、
その余計に発生したコストは、あなたが払うことになるかもしれません。
このようなトラブルを避けるために、翻訳会社があらたに導入したのが、
「時間制限付きトライアル」です。
じっくり時間をかけてトライアルを受験させるのではなく、問題を開いてから
一定時間内に解答を提出させることで、翻訳者の処理スピードを担保するように
なりました。2017年頃から登場し、2019年時点でかなり増加している
と思われます。
このようなトラブルを避けるためにも、まず、自分が決めた専門分野の題材を
ネットで探して実際翻訳してみて、自分が1日何ワードくらい翻訳できるのか
そのスピードをぜひ把握しておいて下さい。
翻訳スピードが遅すぎる場合の対処方法
では、自分の処理速度が2000ワードに及ばないことが判明した場合、
どうすればいいのでしょうか?
結論から言うと、その段階ではまだトライアルを受けてはいけません。
すでに述べたように、トライアル添削そのものはお金にはなりません。
あなたにとっては実力を測る試し打ち・練習台なのかも知れませんが、
それを歓迎する翻訳会社はないからです。
翻訳会社に余裕がある時代であれば、初心者を育てるために、トライアル
受験のハードルを低く設定して、実ジョブを回して少しずつ教育して行こう
という機運もありました。
しかし、いまは大企業の正社員でも45歳定年といわれ、終身雇用の終焉が
宣言される厳しい時代です。企業から仕事を請け負っている翻訳会社や
特許事務所も、人をゼロから育てる余裕は既になくなっています。
翻訳トライアルとは、レギュラ陣と同等の活躍をしてくれる人を探すための
「厳格な選抜試験」化しています。全てがそうだとは言いませんが、
業界全体に余裕がなくなっているのは事実です。
ですから、トライアルを受験する段階で、
自分の専門分野・得意分野を明確に打ち出しつつ、かつ、平均して、
1日2000ワード処理できることを確認しておくべきであり、
その処理速度が出せるような勉強を普段からしておく必要があります。
翻訳トライアルを受けた後
トライアルの合格率
トライアルの合格率がどれくらいなのか知りたいという方が多いようですが、
残念ながら、トライアルは「相対評価」ではなく、それぞれの翻訳会社が
独自に設定した基準をクリアした人を合格させる「絶対評価」なので、
合格率を「数字」で表すことはできません。
ただ、翻訳会社の利益は「翻訳会社がクライアントから請け負った金額」と
「翻訳者への報酬」との「中間マージン」から成り立っていますので、
できるだけ多くの仕事を獲得するためにも、レギュラー陣と遜色ない人材なら
いくらでも欲しいというのが本音だと思います。
ただ、そのような優秀な人材はごくわずかしかいませんので、仮にそのような人
がいたら、他社に奪われないように、自社で出せる最高レートで囲い込もうとするため、Sランク以上の翻訳者はそのような高レートで処遇されることに
なります。
トライアル合格までに要する時間
ただトライアルに合格すればいい。レートはどうでもよいというのであれば、
文系で専門知識ゼロから初めても、半年程度でどこかのトライアルに引っかかる
可能性はあります。
しかし、そのような最低ランクの翻訳者として登録されたとしても、
稼げる金額はほんの僅かしかありませんし、そもそも合格レベルが低くて
仕事の依頼が来ないという可能性も高いです。
それなりの高レートで安定的に稼働し、大量処理を可能とするITスキルまで
身につけるとなると、得意分野・専門分野の開拓も含めて、最低で1年半、
通常は2年~3年かかると思っておいたほうがいいと思います。
トライアル合格保証のようなことを宣伝文句にしているスクールや、
CV(履歴書)不要でトライアルを受験できたり、比較的簡単に合格判定が
出るところもあるようですが、トライアルに合格さえすれば「明るい未来」が
約束されているわけでは決してありません。
トライアル合格は、プロの翻訳者になるための「手段」であり「目的」では
ありませんので、そこを取り違えないようにご注意ください。
希望と異なる職種を提示された場合
翻訳者のトライアルを受けたのに、チェッカーの仕事を勧められた。あるいは、
MTPEの仕事を打診されたという方は比較的多いのではないでしょうか?
必ずしも拒否する必要はありませんが、自分の実績になるのか、実力アップの
機会になるのか等を冷静に分析する必要があります。
応募者としては断る手もありますが、そもそも翻訳会社がなぜそのような
オファーをしたのかを冷静に分析してみてください。
翻訳会社から見ると、翻訳者として即戦力にはならないが、かといって
不合格通知を出して関係を切るほどでもないと考えているのかもしれませんし、
チェッカーをしばらくの間、経験させることで翻訳者としての実力アップが
期待できると考えているのかもしれません。
だとすれば、そのオファーを「応募内容と異なるから」という理由で
断るのではなく、まずはそのチェッカーやMTPEの仕事を一度やってみるのも
レベルアップのための1つの選択肢かもしれません。
例えば、
そのような仕事を経験したことは、今後のCV(応募書類)に「実績」として
記載できますし、また、
翻訳会社と仕事のやり取りを経験することで、翻訳会社が翻訳者に提供している
「スタイルガイド」や「用語集」を見る機会もあるかもしれないので、
このオファーを断って、そのままスクールの勉強や独学を続けるよりも
「成長が早い」かもしれません。
このように、自分の実績になるのか、実力アップの機会になるのかを冷静に
分析つつ引き受けるという一見前向きな対応も「マイナス面」があることに
注意が必要です。
翻訳者になりたくて何年も勉強を続けてきた人が、自分の希望する職ではない
ものの、翻訳に関する仕事が得られた喜びで、「翻訳者としての稼働」という
本来の目標を忘れてしまって、いつの間にか、チェッカーやMTPEの仕事が
「本業」になってしまうという可能性が否定できないからです。
ですから、あくまでもチェッカーやMTPEは、翻訳者になるためのステップ
として活用するという気持ちを忘れないようにして下さい。
翻訳トライアルに落ちた場合の再受験
通常1年程度、間を空ければ再挑戦できる会社が多いようですが、翻訳力
というのはそう簡単には上がることはありませんので、まずはきちんと
「敗因分析」をすることが大切です。
今の自分に足りない物は何なのかを理解し、それを補う努力をしてから
再受験をしないと、同じ失敗を繰り返すことになりますので注意が必要です。
もし自分で問題点がわからのなら、プロの手を借りてトライアルレビューを
受けることも視野に入れた方が良いかもしれません。いずれにせよ、
3ヶ月程度で驚異的に実力がアップするということはまずないと考えて下さい。
翻訳トライアル合格は最終目標ではない
トライアルに合格することを最終目標にしている人が実に多いのですが、
トライアルに合格しただけは、1円も稼ぐことはできませんし、
合格判定レベルによっては、仕事の依頼さえないということも十分あり得ます。
繰り返しになりますが、トライアル合格は、あくまでプロの翻訳者になるための
「手段」であり「目的」ではありません。
大切なのは、上位でトライアルに合格した後に、「相場」のレートで
仕事を「継続的に受注」することです。そのためにも、トライアルを受ける人は
この「出口」を見据えた準備をしておく必要があります。
「また、トライアル合格者が出ました!」
という宣伝文句を見てしまうと、やはりインパクトがあり、強い興味を
引かれるかもしれませんが、プロの翻訳者になって「稼ぐ」ことと、
トライアル合格することは同義ではなく、普通の会社の入社試験とは違うことは
すでに述べた通りです。
翻訳未経験者が短期でトライアル合格できるか?
高校の理系科目の基礎学力が備わっていない、いわゆる「英語女子」でも、
2年程度の集中的かつ合理的な勉強をすれば、3年目に実ジョブをこなして、
年収400~500万円程度が狙えるレベルまで立ち上げることは可能です。
もちろん、それよりも早い時期に低レートの翻訳会社のトライアルに
合格することはできると思いますが、それでも3ヶ月~6ヶ月程度では、
さすがに無理だということが、講座の過去の実績からもはっきりしています。
TOEIC満点だから、英検1級だからすぐに翻訳者になれると思っている人が、
実に多いのですが、そのような英語力の高い人が何回トライアルを受けても
合格できないということから分かるように、 「英語を読み書きできること」と
「翻訳できること」はイコールではありません。
2年より1年、1年より半年、半年より3か月と、少しでも早くトライアルに
合格したい気持ちは理解できますが、翻訳を数か月であっという間に
マスターできるような魔法はどこにもないのです。
自分が翻訳者としてやってきて、また、翻訳講座を運営して分かったことは、
地道に勉強して、基礎力をあげ継続的に努力することが、遠回りのように見えて
実は、プロの翻訳者への「一番の近道」なのです。
<追記>
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