特許翻訳とは?どのような文書を訳す仕事なのか、その具体例をお見せします
目次
特許翻訳とは何?
文字通りに捉えると「特許」を「翻訳」することになりますが、実際には「特許を取得するために必要な文書」を翻訳すことを意味します。
では、具体的にはどのような文書でしょうか?それを理解するためにも、まずは「特許」とか何かを大まかに見て行きたいと思います。
特許とは?
知的財産権の1つ
まず、「特許」とは何か?についてですが、これは、人の知的創造活動で生みされたものを創作者の「財産」として保護するための制度である「知的財産制度」で認められた権利のうちの1つとされています。 関連条文を見てみましょう。
第2条 この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。
参照条文 知的財産基本法
2 この法律で「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。
すなわち、特許翻訳における「特許」とは、上記第2条2項の「特許権」を指すため、特許翻訳の対象となる文書は「特許権取得のために必要な手続き」で必要とされる文書全般です。
特許権取得のために必要な手続き
では、「特許権取得のために必要な手続き」とはどのようなものでしょうか。特許出願から特許権取得までの流れは、おおむね以下のようになります。

まず出願がされたら、様式を満たしているかのチェック(方式審査)がなされ、それをクリアしたもののみが、 特許審査官による審査(実体審査)に進みます。
そして、登録できない理由(拒絶理由)があるものを除いて特許査定を受けることができ、その後、以下のように判別されます
- そのまま「特許査定」となるもの
- 拒絶理由通知が来て「拒絶査定」となるもの
- 意見書・補正書を経て「特許査定」または「拒絶査定」となるもの
そして特許査定となったもののうち、実際に規定の特許料を納付したもののみが「特許権」を取得し、法的に保護されることになります。なお、法的な保護内容については割愛させていただきますので、興味のある方は特許庁のページをご覧ください。
特許翻訳の対象となる文書とは
このように特許権取得に向けた各場面で文書が存在するため、それら「すべて」の文書を翻訳することが特許翻訳だと思われがちです。しかし、 実務においては特許翻訳者に依頼される翻訳対象のほとんどは「特許明細書」が占めています ので、本記事ではこの特許明細書について重点的にお話したいと思います。
もしも、特許取得までの手続きで必要とされる文書の詳細に知りたい方は、特許事務所のサイト(例えば、https://chizai-media.com/patent-application-method/)を参考にして下さい。
また、ここまで日本国内での出願を前提に話しを進めてきましたが、制度としては他に、「国際出願」もあり、さらに複雑になりますので、興味のある方は「PCT国際出願制度の概要~海外で賢く特許権を取得するPCTの仕組み」等が参考になると思います。
特許明細書について
特許明細書とは、出願人がその発明の内容を説明するものであり、願書、特許請求の範囲などとともに特許庁に提出される書類です。
特許明細書の作成
特許明細書の作成に関しては、通常(例外はありますが)研究者自身・企業の知財部員・弁理士・特許技術者等が担当することから、翻訳者の仕事はもっぱら完成された特許明細書を翻訳することになります。
特許明細書の様式
特許明細書の様式については、特許庁のサイトにて公開されていますので、「明細書の作成方法」を参照にして下さい。
そして、特許明細書の中で特に重要となる項目、すなわち「特許の心臓部」ともいえるのが「特許請求の範囲」です。
特許請求の範囲は、特許の目的である保護の範囲を決定するものであり、特許権により付与される排他権の範囲を明確に定義するためのものである(日本特許法70条1項)。そのため、特許請求の範囲に記載された発明は、認可された特許の中心あるいは核というべきものである。
特許庁 明細書の作成実務
つまり、特許翻訳者には、このような「重要な権利文書」たる特許明細書の趣旨・構造を理解しつつ、誤訳等が生じないように注意して翻訳することが求められます。加えて、 翻訳作業以外に、特許明細書の内容についてコメントを求められたり、原文について可能な修正コメントを求められたりすることがありますが、いずれも高度な内容理解が必要となりますので個別の事案については依頼者の指示内容に従ってください。
翻訳すべき特許明細書の具体例
ここまでは抽象的な説明でしたので、具体例を見ていきましょう。専門知識が不要な特許明細書の実例として「灰皿についての特許」を見てみます。
特許庁の特許情報プラットフォーム(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)を利用する手もありますが、今回は特許翻訳者が使うことが多い「Google Patents」(https://patents.google.com/)を使ってみます。
お見せする画面は、Chromeによるものです。「Google Patents」の検索窓に「灰皿」と入れて検索すると次のように表示されます。

今回の記事の目的は、特許明細書を一度も見たことがない方に、どのような文書なのかを確認していただくことにあり、明細書の中身を詳細に説明することが目的ではありません。とりあえず、一番上に表示されている特許をクリックしてみます。
そうすると、その特許の明細書が表示されます。

画面をスクロールさせて明細書の心臓部である「請求項」を表示させます。画面の右半分に表示されている【特許請求の範囲】がそれに該当します。

上記文書を翻訳することが「特許翻訳者」の主な仕事であり、原文の正しい理解に基づいた翻訳が求められます。そのためには、内容理解のための技術的背景を読み取る力が求められます。灰皿特許の場合は、「化学」「電気・電子」「バイオ・メディカル」といった特定分野の専門知識は不要ですが、文章読解力は必要です。上記特許が読めない、内容が把握できないということであれば、専門知識以前の問題ということになります。
特許翻訳が必要となるのは「いつ」か?
国内出願、海外出願それぞれに必要となる文書の書類ごとに、提出期限や提出先などが決まっています。
また、翻訳文を付ける必要がある文書についての説明はここでは割愛しますが、興味のある方は、例えば、特許庁のサイト内検索窓(https://www.jpo.go.jp/) で以下のように「翻訳文」と打ち込んで検索していただくと、「翻訳文」をキーワードとした文章が以下のようにヒットしますので、

こちらを手掛かりにして、各場面についての詳細を調べて頂くのも1つの手段かと思います。
特許翻訳者に必要な10のスキル
ここまで、特許翻訳者が訳すべき文書である「特許明細書」について触れてきましたが、では、特許翻訳者になるにはどのようなスキルが求められるのでしょうか。以下、「特許明細書」を「英語⇔日本語」間で翻訳することを前提にお話ししたいと思います。
英語力
まず必要なのは英語力です。英語力というとTOEICや英検を連想する人も多いと思いますが、実務翻訳者として必要なのはネイティブっぽい英語を書くスキルでも、試験にしか登場しないレアな単語を知っていることでもありません。あくまでも特許という権利を取得するために必要な英語力です。
もちろん、TOEICの点数がハイスコアであることが不利になることはありませんが、それよりも正確性・明確性・簡潔性の観点から評価される「翻訳力」があるかどうかが問題です。
この「翻訳力」と認定試験や資格試験などで判定される「英語力」の間には、TOEIC700点代あたりまではある程度の相関関係がみられますが、それ以上、例えば800点後半や900点くらいになると、そのような強い関係性はほぼ見られなくなります。
ですから、もしあなたの点数がまだTOEIC500点台なら、まずは英語力の向上を目指すべきだと思います。しかし、既に700点後半くらいの実力を有しているのであれば、特許翻訳者として仕事を開始するには概ね問題ないレベルにありますから、それ以上の英語のブラッシュアップのための勉強はひとまず置いておいて、まずはトライアル受験を目指し、次いで実ジョブを通じた「実践力」を身につけることに注力すべきです。
現在は、CATツール(Computer Assisted Translation:コンピュータ翻訳支援)を利用することが普通になっており、実ジョブを通じて「対訳」「用語」を蓄積することによって「より早く正確に」訳文生成ができるようになります。つまり、より稼げるようになるわけです。
日本語力
これは上記「英語力」と表裏一体です。原文の内容を日本語でどう表現するのか、正確性・明確性・簡潔性の観点からその翻訳力が試されることになります。その前提となるのが翻訳対象となる文書の「正確な理解」です。原文内容の正確な理解があれば、原文のミスも指摘できるようになります。そしてそのためには次の専門知識が必要となります。
専門知識
専門知識というと、細かい知識を大量に詰め込むイメージがありますが、特許明細書の翻訳で必要となるのは、論理的に文脈を追って特許出願人(発明者)が主張したい・取得したい「権利の内容」を「正確に把握する力」です。
すなわち、内容読解力と結びつく専門知識が必要とされるのですが、ここで必要とされる専門知識とは、あくまで「翻訳者として」必要な専門知識であり、研究者と同一レベルの専門知識までは不要です。講座受講生には、トップレベルを目指して関連業界紙のチェックも推奨していますが、まずは高校の理系科目(化学・物理・数学)の基礎学力を獲得後、大学学部レベルの教科書の読破へ進むことが鉄板です。
確かに、知識の深堀りがどこまで必要なのかの判断は、初学者には難しい面もありますので、「そのレベルまでの知識までは不要」ときちんとその線引きをしてくれる講師の下でしっかり学び、翻訳者としてのキャリアを少しでも早く始めることをお薦めします。間違っても、専門知識を付けようとして理系大学に入り直すなどということは絶対に止めて下さい。数年間の遠回りになります。特に、アフターコロナの世界では、雇用環境・仕事獲得環境が一段と厳しくなりますから、時間節約が肝となります。
調査能力
研究者と同一レベルの専門知識は確かに不要ですが、実際の仕事をこなしながら、自分が翻訳を請け負っている業界の「最先端知識」は吸収しておく必要があります。
そのためには、各種展示会・学会などを利用すると同時に、各種ジャーナル・専門雑誌・学会誌・専門書なども広く調査して自らの専門知識・業界動向についての情報を最新なものにしておくことが大切です。また、翻訳業界内外の人脈などもどんどん活用すべきですし、株式サイトのトレンドキーワードチェックも活用できるはずです。
ITスキル
現在の翻訳業は、電子辞書・検索ソフト・校正ソフト・CATツールに加え、機械翻訳ソフト・AIエンジンなども連動させた高度なITオペレータの側面があります。
加えて、PC操作、マイクソソフトオフィス(エクセル・ワードなど)などの代表的ソフトの操作にも習熟していなければなりません。また、マクロやエディタ操作も必要とされる場合があります。なので、「私はITアレルギーなので」といった言い訳は許されません。やりません・できませんでは済まない状況にあるということは理解しておいて下さい。
コミュニケーション能力
翻訳者というのと、人付き合いが苦手な人が自宅に引きこもって仕事をしているイメージを持つ人がいますが、実際は外に出て調査や対面での折衝が必要となる場合もあり、すべてメールだけで済ませることは難しい状況です。コロナの影響で、スカイプその他のツールを使ったオンラインでの面接・情報確認も増えることが予想されます。
メールでのやりとりについても注意が必要です。相手の時間を無駄使いさせない分かりやすい簡潔なメールを素早く返すなどのコミュニケーション能力も必須です。
営業力
仕事は待っていても降ってきません。トライアルに合格しても必ずしも仕事が来るとは限りませんし、ひっきりなしに仕事が依頼されるとも限りません。また、得意分野の仕事だけがくる保証もありません。常にアンテナを張って、必要な相手にはコンタクトして仕事を獲得する営業スキルも重要になってきます。
スケジュール管理能力
会社員と違い、仕事の進め方を管理してくれる上司はいません。在宅で自由気ままなイメージがある翻訳者でもスケジュール管理をきちんとしておかないと納期直前に大変なことになります。そのためには、スケジュール管理ソフトの活用も考えるべきでしょう。
睡眠削って済めばいいのですが、最後の最後に時間不足でやっつけ仕事で納品し、その後品質に「難あり」と評価されてそのままクビかも知れません。クビの宣告はなくともそのまま仕事の発注がなくなることは十分あり得ます。なお、オンサイト勤務の場合はこの限りではありません。ただ、アフターコロナでは、会社は人員の絞り込みをすると予想されますので、安易な気持ちで派遣社員になると突然職を失うリスクもあります。
自己管理能力
フリーランスは自分が社員であり社長という一人二役ですから、体が何よりの資本です。食事・睡眠・運動・ストレス管理などの自己管理能力はもちろん、仕事が無いときでも精神的に折れない強いマインド、確定申告の知識、節税テクニック、将来のための投資など、長期的な会社運営のためのお金の知識も必要です。
翻訳業を継続するための複業のすすめ
翻訳業は労働収入が基本です。80代で特許翻訳をやっておられる方もいらっしゃいますが、その場合やはり作業時間は半日程度が限界のようです。
日本の会社員は年金崩壊で死ぬまで現役で働けと言っている人もいるようですが、実感として毎日数時間コンスタントに働けるのは70代前半くらいまでではないでしょうか。そもそも死ぬまで働いたら人生を楽しむための時間が全くなくなってしまいます。
ですから、老後の生活を守るためにも、現役時代から労働収入以外の「複業」を始めるなど、先行き不透明な時代には色々と考えておくことも大切です。例えば、ブログアフィリエイト、物販、情報発信、セミナー業、不動産賃貸業などが考えられます。可能であればこれらを翻訳業と複合的に組み合わせて長期的かつ安定的な経営ができれば理想的です。そうすれば、翻訳業を続けていくにしても、精神的にも肉体的にもきっと楽になれるはずです。
まとめ
以上をまとめると「特許翻訳とは?」に対する答えは、以下の内容となります。
- 特許翻訳とは「特許を取得するために必要な文書」を翻訳することであり、そのために必要な文書のほとんどは 「特許明細書」が占めている
- 特許明細書は、出願人がその発明の範囲や内容を記したものであり、その作成自体は、研究者・企業の知財部・弁理士・ 特許技術者等が行うため、特許翻訳者の仕事はもっぱら完成された特許明細書を翻訳することとなる。
- 特許明細書の具体例を他にも見たいなら、特許翻訳者が使うことが多い 「Google Patents」(https://patents.google.com/)がおススメ
- 特許翻訳者に求められるスキルとしては、原文の正しい理解に基づいた翻訳を行うために 「化学」「電気・電子」「バイオ・メディカル」等の特定分野の専門知識に加えて、文章読解力、さらにITスキルなどの様々なものがある
<追記>

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