産業翻訳(実務翻訳)ってどんな仕事?年収や業務内容について翻訳者が解説します

初心者でも参入しやすいと人気の産業翻訳者(実務翻訳者)ですが、機械翻訳やAI翻訳の導入で、翻訳者の仕事が今後どうなるのか心配される方も多いと思います。

そこで、各分野の最近の動向と、それに対して翻訳者がどう対応していくべきかについて解説していきたいと思います。

産業翻訳とは?

産業翻訳とは何かについて、業界内で明確な定義があるわけではありませんが、

  • 翻訳の3つの柱(産業翻訳・映像翻訳・文芸出版翻訳)のうちの1つ
  • ビジネス全般・技術・IT・医薬・特許・金融・法務など分野が多様
  • 企業・政府機関などが発注元

などとされています。

ですから、産業翻訳とは、翻訳全体から映像字幕・文芸(出版)除いた分野で、
ビジネスの各現場で必要とされる文書を翻訳対象とするものと解されます。

翻訳業界内で産業翻訳が占める割合

日常生活においては、「出版翻訳」や、映画等の字幕などの「映像翻訳」を目にすることが多いと思いますが、翻訳市場の約9割の需要を占めているのは、実は「産業翻訳(実務翻訳)」です。

翻訳者になぜ専門分野が必要なのか

産業翻訳で取り扱う文書の具体例として、以下のようなものがあります。

製品などの「取扱説明書」
海外の現地法人のための「技術マニュアル」や「人事労務資料」
日本あるいは外国へ特許出願する際の「特許明細書」
日本あるいは外国で「医薬品の承認申請」を取得するための資料
決算短信、株主総会招集通知などの「ディスクロージャー関連資料」
企業間で発生する契約書などの「法務資料」

https://www.bridge-salon.jp/report_bridge/archives/2019/07/190703_2483.html

いずれの文書についても英語力だけに頼って翻訳することは不可能で、正確な翻訳のためには「内容の正しい理解」すなわち「専門知識」が必要不可欠となっているのです。

例えば、製品がデジタル機器なら「電気/電子」の基礎知識や装置の動作原理の理解が、半導体関連装置ならそのプロセスの理解が、また、人事労務資料なら「労働法」の理解に加えて海外法規の知識も必要です。

また、特許明細書であれば、専門分野に対応した専門知識だけでなく特許制度の理解が必要ですし、医薬品の承認申請であれば、薬学についての基礎知識に加えて、法規・手続きの知識も求められる可能性があります。

さらに、金融機関が公開する業務及び財産の状況に関する資料であるディクロージャー関連資料であれば、会計知識が前提となりますし、法務資料であれば関連法規の解釈能力はもちろんのこと、契約書が対象とする実務知識が前提となるでしょう。

産業翻訳者になるには

産業翻訳者になるためには、各分野での専門的知識はもちろんのこと、翻訳特有のスキルも必要です。すなわち、高い「語学力」の他に、大量かつ高品質の訳文を、決められた納期までに納品できるだけの「文章力」「処理能力(スピード)」が求められています。

そして、それを支えるものとして、例えば、「電子辞書の活用術」「ネットを活用した検索術」「CATツール(翻訳メモリ)操作の習熟」などが、今後ますます必要となってきます。

これらのスキルを有することが翻訳会社に分かる資格がないため、トライアルが唯一のスキル認定試験となっているのが現状です。ですが、トライアル応募者が多数いた場合に、その選別を「効率的」にするために、翻訳会社によってはTOEICや英検などの資格に加えて、ある年数以上の翻訳実務経験を参考にしているところもあるようです。

それ以外に、民間の「認定制度」の合格を目標とする方もおられますが、履歴書にその旨を記載したとしても、それでトライアルが免除になるわけではないので、まずはトライアルを突破できるだけの実力を身につけることが先決です。

産業翻訳のトライアルについて

トライアルとは、翻訳会社がこの人に仕事を依頼できるかどうかを判別するために、翻訳の品質とスピードをチェックする試験です。その流れとしては、

  • 希望者は翻訳会社に「履歴書」を送付する
  • 書類審査を通った人へ「課題」が送付される
  • 所定の時間/期限内に「翻訳」を行って返送する
  • 合格すれば翻訳者として「登録」される

ただし、登録されればすぐに仕事が来るわけではなく、以下のようなタイミングで仕事が来ることが多いと思います。例えば、レギュラー翻訳者だけでは人手が足りない場合や、大型案件に備えて人手を確保しておきたい場合、さらに、特別な言語や専門分野への対応に迫られて新人へ仕事を依頼する場合などです。

実際のトライアルにおいては、実務で必要とされる「総合力」を試すために様々な工夫がなされてます。

例えば、原文が間違っていることを見抜けるかどうか、専門領域の用語に習熟しているか、「主語と述語」「修飾語と被修飾語」などの「係り受け」を間違うような問題で読解力を試したりと、大学入試とは違う難しさが見受けられます。

そのためか、トライアルの合格率は各社で異なりますが、比較的簡単なところであっても1-2割程度、通常は数%からせいぜい1割程度、会社によっては1~2%と非常に難易度の高いところもあるようです。 

これに対して、応募書類を送っただけで登録されるような翻訳会社では、最初の案件が実質トライアルになるようですが、登録へのハードルが低い分、その翻訳レートはかなり低くなってしまう印象です。

いずれにせよ、トライアルを突破するまでの学習の積み重ねが新規参入者にとっては非常に大きなハードルとなっていると思われます。

産業翻訳での仕事の流れ

受注から納品までは、以下のような流れとなります。

  • トライアル合格し、登録翻訳者になる
  • クライアントが翻訳会社に仕事を「発注」する
  • 翻訳会社のコーディネータ(PM)が翻訳者に「引き受けを打診」する
  • 翻訳者が引き受ければ「受注」となり
  • 翻訳者は納期までに成果物を「納品」する

打診の際には、案件の総ワード数、翻訳レート、納期、納品形態などが伝えられますが、それに加えてクライアントや翻訳会社が指定するスタイルガイド・用語集などが提供されることもありますので、それらをしっかりと確認してから作業を進めましょう。

最初のうちは、実力がまだ「未知数」であるため、あまり大きな(数万ワードとか)案件は任せてもらえないと思いますが、比較的小さな案件をある程度数をこなして信頼が得られるようになれば、大きな案件も徐々に入ってくるはずです。急ぎの案件で徹夜になるようなケースもあり、実績作りのためにどこまで対応すべきか悩みどころでしょう。

また、ワード数が十数万-数十万の「巨大案件」の場合には、複数人での共同作業となる場合があり、その場合には通常と異なる手順が別途必要となります。

すなわち、各翻訳者がそれぞれ翻訳作業を進めますが、あるタイミングでコーディネーター(PM)が各翻訳者から分納された訳文を翻訳メモリへといったん吸い上げ、類似率を再計算した上で、次のバッチの仕事をスタートさせたりします。

この場合、複数人のメモリや用語が上書きされて共有されるため、表現や用語統一を最初からしっかりやっておく必要があります。

また、案件に不明確な点がある場合、

例えば、原文に誤りや不明瞭な点がある場合には、別ファイル(ワード等)に「問題箇所の位置」と「コメント内容」を記載して添付する等の対応も必要です。この点については、自己流でやらないで窓口となっているPMとの間で事前に確認を取る必要があります。

さらに、翻訳者にとって誤訳・訳抜けは致命傷となり、最悪二度と仕事が依頼されなくなりますので、細心の注意が必要です。チェックツールなどを利用して最後の見直しを行ってから納品するようにしましょう。段落ごと訳漏れがあったりすると、注意力というより仕事に対する姿勢/意識を疑われてしまいます。

成果物の納品方法としては、メール添付以外に、翻訳会社が用意したサーバーへのアップロードが求められる場合があります。そのために専用のWEBページが用意されていればいいのですが、自分でFTPサーバーへアップロードしなければならないこともあるため最低限のITスキルは必要です。

翻訳業務をすべてネットでやり取りする時代ですから、ITスキルに不安があるようだと翻訳者としてやっていくのは難しいと思います。仕事でフリーメールを使ったり、メーラー設定後の確認を怠ったりなどが無いように、最低限の準備はしておきましょう。

産業翻訳者の年収はどれくらいか

「平均」「相場」というと「誰でもそれぐらいは稼げる金額」というイメージを持ってしまいますが、それで正しい把握ができるでしょうか。まず、下図をご覧ください。

(出典: https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa18/dl/03.pdf

こちらは「世帯別」の所得金額を表わしたものですが、平均所得金額は551.6万円となっています。しかし、多くの日本国民にとってこの金額は「普通に」「誰でも」稼げる金額だという感覚には恐らくならないはずです。

では、なぜこのような数字になったのかといえば、高額所得者(富裕層)が一定割合存在するために、「平均所得金額以下」の約6割の所得が大幅に引き上げられてしまっているためです。

では、産業翻訳者についても同様の傾向にあるのでしょうか?

翻訳者の年収は、(翻訳レート)*(処理速度)*(稼働率)という3つの要素で求められますので、以下「各要素」について検討してみたいと思います。

まず、「翻訳レート」ですが、これは翻訳者の実力によって数字にかなりバラツキがありますが、英日案件でワード単価10円が最頻値になっているので(最新版・産業翻訳パーフェクトガイド参照)この数字を用いることにします。

次に「処理速度」ですが、プロの翻訳者は1日最低1500~2000ワード処理するされていますので、ここでは1日2000ワード訳すものとします。

さらに「稼働率」については、1年を52週、週に1日は完全に休むとすると、年間の稼働日数は312日です。

これら3つの数字を元に計算すると、平均年収は、10円(翻訳レート)*2000ワード(処理速度)*312日(稼働日数)=624万円という計算になります。

ですが、実際にはレート10円以下で仕事を受注している翻訳者の方が多いと思いますので、やはり平均的な年収を稼ぐことはそう簡単なことではないと分かるはずです。

また、仕事がひっきりなしに来る保証もありませんし、病気で休むことなどを考えると、この2割減の年収500万円あたりが現実的な数字ではないでしょうか。

ですから、例えば年収800万円、年収1000万円を稼ごうとすれば、処理スピードをかなり上げていくか、より単価の高い仕事を獲得するなどの工夫が必要になってくることがお分かり頂けたと思います。最近であれば、AI(人工知能)/MT(機械翻訳)エンジンとの協働作業で処理速度を上げるなどの工夫も必要かと思われます。

産業翻訳者の年収を増やす方法

機械翻訳やAI翻訳の登場もあり、訳質はそのままに短納期で処理することが求められるようになりました。そこで翻訳者が年収を増やすためには、より翻訳レートが高い分野へシフトすることも1つの手段ですが、たとえどの分野へシフトしたとしても効率的な翻訳作業の必要性はもはや否定できない状況です。

翻訳支援ツールを導入する

処理スピードを上げる方法として、まず既にある対訳や自分が過去に訳した訳文を再利用する方法が考えられます。

プロの翻訳者は1日平均2000ワード程度を訳すことが求められますが、専門分野を決めて、対訳を蓄積し、用語集も充実させていけば得意分野であれば一日平均4000~5000ワードの処理も可能です。

そのためには、 Trados等の翻訳メモリを購入して、その操作に習熟し、上記の環境を自分で積極的に整備していくことが必要です。

電子辞書を利用する

現在の翻訳業では「紙」の辞書に加えて、各種の「電子辞書」を串刺し検索をして用語を確認・確定することは常識となっています。処理速度アップへ直接貢献するものではありませんが、翻訳の質を維持するためには欠かせません。

クラウド翻訳サービスで仕事を受注する

クラウド翻訳サービスとは、オンラインで翻訳を依頼したい企業・個人と、能力を活かし仕事を受注したい翻訳者をマッチングするサービスです。

仕事の依頼がない時に、こういうサイトで仕事を探すことで「稼働率」を上げられる可能性はあります。が、実質的にダンピング合戦となり、翻訳レートは低く抑えられてしまうので、これを収入の柱としてしまうと年収を上げていくのは難しくなります。クラウドは仕事を取る場所ではなく、自分の業務拡張のために他人の労働力を買う場所(仕事を出す場所)と考えるべきでしょう。

アイミツによるダンピング合戦に巻き込まれずに翻訳業でしっかりと稼ぎたいなら、少なくとも得意分野については「○○さんにぜひお願いします」と指名されるくらいに評価を上げて、特定の顧客・会社に囲い込まれるような実力を付けることを目指すべきでしょう。

結論として、以下のような総合的・多面的な取り組みを行っていけば、年収1000万円以上も夢ではありません。もちろん、年収は2-3割減で抑えつつ、収入源の複線化を狙う手もあります。以下、まとめると;

  • 翻訳の質を上げて、Aランク・Sランクの翻訳者になる
  • 高レート、かつ、高稼働率をキープする
  • 専門分野を確立しつつ、各種ツールを駆使し処理速度を上げる

産業翻訳の分野と決め方

産業翻訳と一言で言っても、その分野は以下のように多種多様であり、必要とされる専門知識も大きく異なってきますので、分野を選ぶ際には

  • 自分の経歴から考えて、どの分野が最も「有利」に戦えるか
  • その分野の専門家になろうという「熱意」がどれくらいあるか

という点を考慮して決めるべきだと思います。

なぜならば、単に簡単そうだから、儲かりそうだからという動機で選んでしまうと、強力なライバルが現れた時、あるいは、難しい案件に遭遇したときに簡単に挫折して逃げてしまうことになるからです。

もし本当に初心者で何も分からないのであれば、各分野の仕事内容をもう少し詳しく調べてみて、自分との相性を確かめてみてはいかがでしょうか。

金融・IR翻訳

扱う主な文書としては、投資家向けのレポートや、企業が株主や投資家向けに財務情報を開示するディスクロージャー文書など。

外国人投資家向けに公平な情報開示を進めるという国の方針などもあり、日本語から英語への翻訳需要は増えていく可能性はありますが、専門知識が必要な上に、正確で短納期を求められるという厳しさがあります。

医療翻訳/医薬翻訳

クライアントは製薬会社、医療機器メーカー、バイオ企業などで、 分野としては「製薬」「医療機器」「医学」の大きく3つに分けられ、医薬品や医療機器に関する翻訳が大半を占めています。

翻訳にあたっては、医学・薬学・バイオ・統計学などの専門知識に基づいた訳質に加えて、納期への要求も非常に厳しくなっていることから、翻訳支援ツールや機械翻訳を使った効率化への対応が求められています。全体的には需要は堅調と言えますが、製薬分野では、メーカーが海外市場に目をむけていることもあり、和訳よりは英訳等が増加傾向にあるようです。また、AIエンジンメーカーとジョイントすることで内製化する動きもあり、業界の変化をフォローすることも大切です。

法律翻訳

法律・契約書翻訳とは、日本の法律や法令、企業内の規定、企業活動から生じる契約書(雇用契約・売買契約・業務委託契約・合併買収)などを翻訳する仕事です。

不況でも影響を受けにくく安定した需要が期待できる上に、契約書の表現は一度マスターすればある程度定型的で、また、内容自体に大きな変化もないことから知識や経験が生きる分野と言えそうです。

言語としては、英語がメインですが、日本企業の海外進出によって、英日より日英の翻訳者の方が不足しているようです。定型パターンで処理するグループと弁護士から直接仕事を受注するハイレベルグループとが存在しているようです。

マーケティング翻訳

マーケティング翻訳とは、WEBコンテンツ、パンフレット、カタログなどの消費者向けの文書、あるいは、企画書やプレゼン資料など多種多様な文書の翻訳があります。

他の翻訳と大きく違うところは、特に一般消費者向けの文章の場合には、コピーライティングスキルが重要で、購買層を意識したより訴求力の高い訳文の作成が求められます。さらに、デザインやレイアウトとのマッチングを考慮した文章や、スマホ専用サイトへの対応を求められるケースも増えています。

IT翻訳

以前は、技術者レベルの知識を要するソフトウエアの翻訳が主流でしたが、開発形態が小さな単位で計画から設計、実装、テストを繰り返すアジャイル型に変化したこと、さらに、機械翻訳が登場したことで従来型の案件は減少傾向にあります。

その一方で、WEBコンテンツやゲーム・アプリなどの需要は堅調に伸びているため、「IT+アルファ」の複合的な知識が必要とされるようになってきています。いずれにしても、納期は厳しく、機械翻訳の利用も増えていくため、それに対応できるだけの柔軟性や処理速度が求められます。

IT翻訳においてもマーケティング翻訳と同様、コピー力を要するトランスクリエーション分野( 「翻訳(translation)」と「創造(creation)」を組み合わせた言葉で、原文どおり正確に翻訳するのではなく、読み手の注意を惹きつけるような訴求力を訳語に求める手法)にニーズが高まっているようです。

技術翻訳

自動車・半導体・機械・情報通信などの日本の製造メーカーが扱う取扱説明書・製品カタログ・仕様書などが翻訳対象となります。

この分野の翻訳需要は、海外への工場移転や技術展開に伴って増えることが期待されますが、納期・価格・品質のバランスが以前より厳しくなっていることから、各種翻訳支援ツールを使ってより効率的に処理することが求められます。

特許翻訳

特許翻訳とは、日本の企業が海外へ、外国の企業が日本で特許を出願する際に発生する出願明細書あるいは関連書類を翻訳する仕事です。

翻訳する文書が「技術文書」であることから原文の正確な理解が求められ、専門性の高い分野ですが、比較的景気の波に左右されず安定した需要が見込めることから、きちんとした実力を身に付けられれば継続受注が期待できます。

他の翻訳同様、AI翻訳や機械翻訳の導入が始まってはいますが、企業の権利関係に直接かかわる重要文書であることから、人による翻訳がなくなることはなさそうです。ただし、優秀な人材に「人手の翻訳」を、それ以外の人に「ポストエディット」をというように翻訳者の二極化が今後進むことは十分予想されます。

産業翻訳の勉強の仕方は?

産業翻訳者になるために、「何を」「どこで」「どのように」勉強すべきかについて、以下で詳しく解説したいと思います。

産業翻訳者に必要な英語力とは

翻訳は、英語さえできれば良いというわけではありませんが、翻訳者に必要なスキルの一つとして、平均以上の英語力はやはり必要です。

ただ、翻訳者になりたいと考える人であれば、恐らく中学・高校時代に英語に限らず語学は得意で、文法の基礎・基本語彙力等は十分備わっていると思います。

もし、長期間英語を使っておらず忘れている点が多いのであれば、高校時代の文法を確認してみることは有効ですが、プロの翻訳者になるために、TOEICの点数や資格取得/認定試験にこだわって、そこに時間とお金を費やすのは得策ではありません。

それよりはむしろ、実務で使われる実際の文章(特許翻訳なら、特許明細書)をソース言語⇔ターゲット言語(たとえば英日)で数多く読み込んだり、英語以外の専門知識を獲得するために費やした方が、はるかに効率的です。

プロになった多くの翻訳者は、仕事をしながら稼ぎながら勉強するほうが効率的だったと言っています。まずは英語を完璧にしてから、と考えてしまうと遠回りになり、家族環境/経済状況が激変して勉強ができなくなる危険性があります。特に、いまのような厳しい経済状況下ではまずは収入確保が先決ではないかと思われます。

独学でやるか、翻訳学校を利用するか 

独学でプロになれる人はかなり少ないですが一定数おられます。ですが、たとえなれたとしても、プロの翻訳者になるまでの時間が人に教わった場合に比べて長いことはやはり否定できません。つまり、翻訳学校や翻訳講座を利用するメリットは、プロになるための時間を「短縮」できることにあると言えます。

例えば、独学で勉強すれば、年収500万円稼ぐ翻訳者になるまで「5年」かかる人が、翻訳講座を利用することで「2年」に短縮できるのだとしたら、その人は講座を利用すれば稼げたはずの3年分の年収を失っていることになります。

さらに、ここで注意していただきたいのは、逸失利益を計算するために用いる年収は、「当初」の年収500万円ではなく、翻訳者としてのキャリアを閉じる「直前」の年収だということです。

つまり、当初500万円だった年収が、最終的に1000万円まで増えたのだとしたら、この人の「逸失利益」は、500万*3=1500万ではなく、1000万*3=3000万円ということになります。つまり、3年期間圧縮できていれば得られたはずの3000万円を生涯収入から失ったことになるのです。

翻訳学校・翻訳講座に期間圧縮効果があるとすれば、その価値はこのケースでは「3000万円」ということになります。

確かに、目先の支出だけを考えれば独学の方が得に見えるかもしれませんが、翻訳者としての「稼働年数」を考えると、恐らくほとんどの人は、講座を利用して期間圧縮した方が生涯年収という点で得になるはずです。

ですが、そこは自分の判断です。それらを分かった上で、あえて独学でやるのもいいでしょうし、学校をうまく利用するのも当然ありだと思います。

専門分野の勉強の仕方

<各分野に関して>

多くの翻訳学校のカリキュラムは専門分野ごとに特化しており、たとえば、産業翻訳者の講座であっても、まず最初に「機械コース」を受講し、卒業後に専門分野を増やそうと思ったら、また「バイオコース」や「電気電子コース」にそれぞれ入り直すということを前提としていました。

しかし、現代の翻訳案件は「ハイブリッド化(複合化)」しています。

ハイブリッド化したテクノロジーに関する翻訳をマスターするのに、専門分野ごとに分けて学習するアプローチは極めて非効率です。

例えば、自動車案件でも、バッテリー関連なら化学・電気電子・IT・機械などが複雑に絡み合っているケースが多いです。また、自動運転に関するものであれば、周囲の風景を取り込むカメラはレンズを通してCCD上に画像を画素へと分解し数的に処理しますので、数学や物理学を基礎とした光学の基礎知識が必要となります。

さらに、速度や加速度センサーとして組み込まれたMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)チップ/モジュールは、半導体テクノロジーで製造されており、その構造を理解するために半導体プロセスの知識が必要となります。

このように、各種テクノロジーが複雑に絡み合った文書を読み解くためには、 各分野ごとにそれっぽい文章を少し読む程度では、内容を正確に理解することは到底不可能です。それよりはむしろ、数学・物理・化学・生物等の「基礎学力」と、それを前提とした「読解力」「論理力」を身に付けるような学習が必要です。

そのような学習の仕方が分かってさえいれば、守備範囲を広げるためにわざわざスクールの別コースを受講し直さなくても、自力でマスターできるだけの「応用力」が自然に備わっているはずです。

<文系出身者・理系出身者の差>

「文系は英語は得意だが技術に疎い」「理系は技術に詳しいが英語が苦手」などと言われることが多いですが、産業翻訳者を目指すにおいて両者にさほどの有利不利はありません。

なぜなら、昨今のハイブリッド案件(機械・電気・化学・通信など多分野にわたる案件)に対応しようとすれば、理系出身者であっても、自分の専門分野以外のものについては必ず勉強が必要になりますから、そういう意味で理系と文系でスタート時点は同じになるからです。

いずれにしても、基礎学力を前提として日本語力・英語力・調査力・専門知識を満遍なく積み上げることが必要となります。大量の資料から大量インプットするためには、読解力・論理力など地頭強化が必須です。

産業翻訳の求人(需要)について

産業翻訳における各需要は景気にある程度左右されるため、フリーランス翻訳者としてはその動向にアンテナを張っておくべきですが、いずれの分野であってもクライアントの要求に柔軟に対応していく姿勢が求められています。

最近の傾向

売り上げに占める比率でいえば、工業技術文書が24.7%、ビジネス文書が19.7%となっており、いずれも需要は堅調と思われます(参照:日本翻訳連盟)。さらにジャンルで言えば、企業の海外進出にともなって、「広告・マーケティング」「WEBコンテンツ」「医学」「法律」の分野で伸びが見受けられます。

とはいえ、各分野のニーズは景気動向で変化することから、フリーランス翻訳者として情報収集は欠かせません。どのような分野であっても一定レベルの「訳質」を維持できる実力が求められています。

また、同じ分野に見えても、実際は様々な案件が含まれています。例えば、ITを例にとると、マーケティング用の資料であれば、コピーライティングスキルを前提とした「トランスクリエーション」であり、IoTとしては半導体案件であり、さらに、家電のメカニズムや通信規格などにも通じていることが求められるケースもあります。

このように、パッとみただけではどの分野の翻訳なのか分かりにいケースや、複数の分野にまたがる案件も多いことから、これらに柔軟に対応できるような上位数%の高いレベルの翻訳者は常に不足していると言えます。案件受注時に足りない部分をサクッと補充して翻訳作業を進めつつ、見返し時点である程度の専門家になっている必要があるのです。

英語以外で需要がある言語

基本的には「日⇔英」が中心となりますが、それ以外で言うと、中国語・韓国語・ドイツ語の順で需要がありそうですし、さらに、アジアを中心とした新興国の言語への需要も高まりつつあります。

機械翻訳が産業翻訳に与える影響

MT(機械翻訳:Machine Translation) やAI(人工知能:artificial intelligence)の進歩によって、従来のBランク・Cランクの人材がそれらに置き換えられる事態が生じているのに伴って、翻訳レートが下落傾向にあります。

翻訳者の中には、レートの下落が許容範囲を超えたことで生活が成り立たず、この業界から撤退する人も出てきています。既にMT(機械翻訳)やAI(人工知能)の訳質は、中級以下の翻訳者を凌駕しつつあるとも言われていますので、生半可な勉強では、今後は生き残りが難しくなると思います。特に、公開対訳が大量に存在する特許翻訳ではAIの「教師あり学習」によりそこそこ使えるソフトが実用化段階にあります。

ですから、これから翻訳業界へ参入しようという人は、Aランク・Sランクの翻訳者を目指すとともに、MT・AIの進化はこれからも続いて行くことを前提とした学習が大切です。従来のように5年-10年かけてゆっくりとマーケットに参入して仕事をしながら「育ててもらえばいい」と考えている人は駆逐される運命にあるといえます。

また、技術的に極めて詳しい知識を有し、専門家に匹敵する分野を確立し、新しい技術の調査もできるSME的存在(内容領域専門家:Subject Matter Expert)を目指すというのも一つの選択肢かもしれません。そうすることで、価格ダンピングにおびえることなく、より高レートの依頼者に囲われる可能性も出てくるはずです。

MTPE( 機械翻訳+ポストエディット)について

MTPE( Machine Translation Post-edit)とは、機械が翻訳した訳文をより適切な訳文へと「修正」する作業ですが、クライアントのコストカットへの意識の高まりを受けて、低レート化傾向にあります。

ただ、修正対象の訳文が破綻してしまっているケースもあり、そのような修正作業を続けていても「翻訳力」が向上する見込みがないため、上位クラスの翻訳者はMTPEの仕事を受けなくなっています。

そこでMTPE案件は、必然的にBCランクの翻訳者に割り振られていますが、今後はむしろ、上位クラスへの依頼が増えるように思われます。なぜなら、翻訳の質を保つためには、細部の修正/調整は実力のある人にしか任せることができないからです。

翻訳者は不要になるのか

AIには、文章の意味を理解しつつ文脈を把握して、原文の修正をするといった能力はないため、より高品質な訳文を求めるクライアントに関しては、今後も「人の手」による翻訳を希望するはずです。

ですから、翻訳者としては自分の実力を上げながら、そうしたクライアントの専属になることを目指すのが生き残りの道だと思います。AIブームの初期は「シンギュラリティ」の到来が信じられてきましたが、いまでは懐疑的な研究者も増えてきました。AIが人類の知能を凌駕するのは遠い未来のように思われます。

今後、MTPEの利用が翻訳業界でさらに増えてくるかもしれませんが、どこまでAIやMTが進化したとしても、人による修正作業は残ることから翻訳者が不要になる時代が来るとは考えにくいです。

まとめ

機械翻訳・AI翻訳の登場によって、翻訳者が二極化していることは否定できません。ですが、現に優秀な翻訳者には仕事がひっきりなしに来ているように、レベルの高い翻訳者が求められることは今後も変わらないはずです。

まだ起きてもいない未来を心配して翻訳者を目指すのを止めてしまうのは、非常にもったいないと私は思います。むしろ、できるだけ早期に上位クラスに駆け上がり、AIやMTを道具(しもべ)として使い倒し、より高品質な訳文をより大量にアウトプットして高年収を維持できるポジションを目指すべき時代だと信じています。

<追記>

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