機械翻訳と自動翻訳の違いや、機械翻訳の精度について翻訳者が徹底解説!
従来、人による翻訳は機械(システム)より優れており、翻訳システムによる翻訳品質が人によるものに近づくのはまだまだ遠い未来だと思われてきました。しかし、昨今のAIブーム到来により精度が大幅に改善されつつあると言われています。この記事では、翻訳システムが本当にどれぐらい実用的なものなのか、翻訳者の仕事を奪うほどのものなのかという点から説明していきます。
目次
機械翻訳と自動翻訳の違いとは
自動翻訳とは、文字どおりに解釈すると「自動」で「翻訳」することですが、「何を使って」自動翻訳するのかによってその意味が変わってきます。
つまり、機械翻訳ソフトを使えば「機械翻訳」ですし、AIを使えば「AI翻訳」です。
いずれにしても、いま現在、あらゆる場面で完璧な翻訳を行う機械やソフトは存在しないため「自動で翻訳」された結果を、さらに人の手で修正する作業が必要です。
この修正作業を行う仕事を「MTPE」(machine translation post editing)と呼び、近年、翻訳者の仕事の一部を占めるようになっています。
本記事では、機械翻訳ソフト(機械翻訳エンジン)を使って翻訳する場合を「自動翻訳」の一種として捉え、「機械翻訳」と定義することにします。
機械翻訳について
まず、機械翻訳の「仕組み」について簡単に解説した後に、 現在どのようなソフトが流通しているのか、また、それらの利用が翻訳業界や翻訳者の仕事にどのような影響を及ぼすかに順次解説していきたいと思います。
機械翻訳の仕組み
機械翻訳仕組みには大きく2種類あります。一つは「ルールベース型 RBMT ( rule-based machine translation) 」で、もう一つは「統計ベース(機械学習)型 SMT (Statistical Machine Translation )」です。
ルールベース型( RBMT : rule-based machine translation) では、文章を「文法」や「品詞」の情報で切り分け、あらかじめ搭載されたコーパス(文章を構造化し大規模に集積したデータベース)を活用することで目的言語への変換を行います。
ある意味、原理原則に則った「直訳」がなされるので、翻訳者の実力によっては以下のように、メリットにもデメリットにもなりえます。
メリット実力のある翻訳者にとっては、勝手に「意訳」してしまう「統計ベース型」よりも使い勝手が良く、また、もし原文に間違いがあれば、意図した内容とかけ離れた訳文が生成されることから、誤訳してしまった場所を見つけやすくなります。
デメリット実力不足の翻訳者の場合、原文の内容を十分理解できていないまま「てにをは」レベルの形式的かつ目に付きやすい部分のみの形式的修正にとどまり、本来修正すべき箇所(「誤訳」)はそのままスルー(放置)して納品してしまうという危険性があります。
このようなルールベース型翻訳において作業効率をアップさせるためには、例えば、「日⇒英」「英⇒日」と翻訳方向を逆向きにしても同一の文章が生成されるように「対訳のペア」を集積していくことが必要です。
こうなると、言葉の変換自体は機械に任せて、人間は原文の内容を正確に理解する「原文理解力」や「日本語力」の強化に努めた方が効率的なのではないかとも思えます。
事実、2019年秋の時点で、TOEIC960点超のエンジンも開発され、英語力だけで「人と機械の差別化」を図ることは難しくなってきています。
そして、このような「英語力が高いだけでは翻訳者として通用しない」という考えは、翻訳会社の「採用」の現場では強く現れています。
すなわち、多くの翻訳会社がTOEICの高得点を採用基準の「1つ」にしてはいますが、それだけでなく、いえそれ以上に、翻訳の実務経験やツールの使用経験、特定専門分野の知識の有無を重要視するようになっているのです。
もし、いまだに英検やTOEICを応募条件に加えている翻訳会社があるとすれば、それは応募者が多いために事務処理効率アップのため(足切り)に使われているに過ぎないと見るべきでしょう。
次に、「統計ベース(機械学習)型」( SMT : Statistical Machine Translation ) についは、前述の「ルールベース型」と対比するとわかりやすいと思います。
データベース型では、 原理原則に則った「直訳」がなされますが、統計ベース型では、まずは「原文と訳文のペア」を大量に収集することによって「単語レベル」だけでなく「文章・段落レベル」でのデータベースを作成します。
さらに、「似たような文章」「似たようなフレーズ」の対応関係を機械学習させることによって、初見の文章であっても「それなりの」品質の訳文を生成できるようにしたものです。
秀逸なお手本(教師データ)が大量に存在する場合は、類似文に対してプロの翻訳者の訳文と比較しても遜色ない出力が得られますが、そうでない場合にはいきなり暴走してトンデモ訳を出力するケースも見受けられます。
このような機械翻訳の発達に伴って登場したのがMTPE( Machine Translation Post-Editing)という仕事で、機械翻訳で生成した「それなりの」品質の訳文を、人の手できちんとした成果物に修正する仕事です。
本来であれば、上級者がMTPEに従事して優れた「教師データ」(ソフトのお手本となる良質な訳文)を作成すべきところですが、概して優秀な翻訳者はMTPE案件を避け、翻訳初心者が担当する傾向にあります。
なぜなら、翻訳会社等がコスト競争を行い「MTPEを使ってこれまでより安価で翻訳しますよ」という売り文句に利用していることが多く、結果として3割以上低いレートでの仕事になってしまっているからです。
さらに、翻訳の精度を左右する「原文と訳文のペア」の大量収集ができないまま機械翻訳を利用すれば、その訳文には一見自然で意味も通っているが、実は「致命的な誤訳」を抱えてしまう危険があります。
そして、これを実力不足の翻訳者が修正するのはほぼ不可能だと言えます。結果、ゴミを大量に含んだ「難あり」の対訳データ(メモリ)が使い回されることになってり、ゴミがさらに拡散されることになるのです。今後、MTPEの普及によって翻訳業界は時限爆弾を抱えてしまったともいえるでしょう。
クライアントとしては、この修正にかかる手間が総コストに与える影響や、致命的な誤訳を発生させる可能性があるという問題点を十分理解した上で、MTPEを活用すべきだと思います。そうでなければ、クライアントからの信頼は失墜し、将来の仕事を失うことになります。
概して高レートであった特許翻訳の相場が少し下がったのは、このような公開されたビッグデータの収集と機械による学習によって訳質が向上したことがその一因として考えられます。
確かに、英語だけできるいわゆる「英語女子」が内容を理解しないまま用語置換する訳文と比べて遜色ない程度まで機械のレベルは上がってきているので、クライアントとしてはよほど高品質の物が提供されるのでなければ、コストダウンの波に乗るべきと判断するのもやむを得ないところです。
とはいえ、上位の特許翻訳者の方々は、依然として高レートで仕事を受注しているのですから、このことを必要以上に心配する必要はなく、それよりはむしろ翻訳者としての自分の実力を上げていくことを優先的に考えるべきです。
翻訳業界では、MTPEの仕事にしかありつけない下位7割の翻訳者と、一度もMTPEを経験したことが無い上位3割の翻訳者に分離しつつあると言われています。
特に、上位1割の常連さん(Aランク)以上であれば、レートダウンに苦しむことなく高収入を維持できています。今後は、この上位1割の中の競争となり、上位1割のさらに1割つまり全体の上位1%がSランク以上の特級翻訳者として重用されることになると思われます。
無料のソフト・サービス
無料で使えるソフトには以下のようなものがあります。
Google翻訳(https://translate.google.co.jp/)
Weblio翻訳(https://translate.weblio.jp/)
エキサイト翻訳(https://www.excite.co.jp/world/)
など。
これ以外にも何種類か存在しており、用途を限定すれば十分利用できると思います。
例えば、ネットビジネスで物販をしていて、海外の人とやり取りが必要だが「英語に不安がある」という人にとっては有効な手段になるはずです。
けれども、少なくともプロの翻訳者が、こうした無料ソフトを使って仕事ができるほど翻訳の世界は甘いものではありませんので、仮に使うことがあったとしても、それはあくまで参考程度です。
有料のソフト・サービス
有料のソフト、サービスとしては、大きく以下の2つに分類できます。
- 「AI技術」を活用したもの
- 「 MT(Machine Translation)ソフトの範疇に分類されるもの
AI技術を活用したもの:
T-4OO(ティー・フォー・オー・オー:Translation for Onsha Only)
T-4OOは、2,000の分野からなる専門分野データベースと、ユーザーごとの御社専用データベースを兼ね備えた、最新のAI自動翻訳です。
(https://www.jukkou.com/ より)
専門分野データベースには、医薬・化学・機械・IT・法務・金融など2,000分野の専門用語が膨大に蓄積されており、分野に合わせた適訳を自動的に翻訳に反映させます。御社専用データベースは、翻訳結果をデータベースに蓄積することでAIが学習、使えば使うほどよりユーザーに合った自動翻訳にカスタマイズされます。
みらい翻訳(https://miraitranslate.com/)
ニューラル機械翻訳(NMT)エンジンを搭載する機械翻訳サービスで、インターネットを通してウェブブラウザでご利用するクラウドサービス。翻訳結果を定型化することはもちろん、各企業ごと、さらに社内の担当部署ごとにカスタマイズする機能が付いています。
https://miraitranslate.com/ より
上記製品以外にもAI翻訳をうたった製品はありますが、
現時点ではこの2つが双璧をなしています。
いわゆるMTソフトの範疇に分類されるもの:
- PC,MED,Legal,PAT-Traranser(クロスランゲージ)
掲載語数については、各分野で異なるため下記サイトを参照
( https://www.crosslanguage.co.jp/products/)
- ATLAS(富士通)
基本辞書: 286万語 (英日143万語、日英143万語)
オプション: 28分野・557万語 (英日281万語・日英276万語) の専門用語
(https://www.fujitsu.com/jp/products/software/applications/applications/atlas/)
- LogoVistaPro(ロゴヴィスタ)
ベーシック:666万語(英日367万語/日英299万語)を搭載
フルパック:1,155万語(666万語+著名なビジネスシーンで使用される
専門辞書合計489万語(英日・日英各23分野)) (https://www.logovista.co.jp/LVERP/information/shop/lvpro/index.html)
その他にもたくさんソフトはありますが、特許翻訳や産業翻訳で有名なものは、この3種です。これ以外にも、東芝のThe翻訳という製品がありましたが、残念ながら販売終了となりました。(http://pf.toshiba-sol.co.jp/prod/hon_yaku/service/news/20190603-2.htm)
機械翻訳の精度を、実際の特許明細書を使って徹底解説!
特許翻訳の分野で活用されているMT(Machine Translation)ソフトの代表格である、クロスランゲージの特許専用の英日・日英翻訳ソフト「PatTranser」を使って (https://www.crosslanguage.co.jp/products/pat-transer-v13/)
特許明細書を翻訳しその精度を検証してみたいと思います。
機械翻訳の精度の検証に使用するサンプル
光造形タイプの 「3Dプリンタ」の材料に関する、下記特許のアブストラクトの部分を使用します。
「Photocurable compositions containing reactive particles」
(https://patents.google.com/patent/WO2003089991A2/en)
A photocurable composition, including (a) a photocurable monomer, e.g. a cationically curable monomer and/or a radically curable monomer; (b) reactive particles comprising a crosslinked elastomeric core, e.g. made of polysiloxane material, and a shell of reactive groups on an outer surface of the core, wherein the reactive groups comprise epoxy groups, ethylenically unsaturated groups, or hydroxy groups; and (c) an appropriate photoinitiator, e.g. a radical photoinitiator; and a cationic photoinitiator. A method of making a 3-D object from such a composition and a 3-D object made by the method are also provided. The cured composition generally has a smooth surface. The use of the reactive particles makes the composition more stable and the particles do not readily separate out.
PAT-Transerによる検証ステップ
PatTranser に上記文章をそのまま 入力すれば、自動的に文章単位で区切られるはずですが、間違ったところで切ってしまうケースも見受けられます。今回の検証の目的は、純粋に「翻訳の精度」だけを見ることにありますので、そのミスを避けるべく以下の手順で検証を行いたいと思います。
→ STEP1:(1)~(4)の4つの文章へ切り分け
STEP2: 文章構造を確認しながら切り分け
STEP3: 出力結果の検証
(1)A photocurable composition, including (a) a photocurable monomer, e.g. a cationically curable monomer and/or a radically curable monomer; (b) reactive particles comprising a crosslinked elastomeric core, e.g. made of polysiloxane material, and a shell of reactive groups on an outer surface of the core, wherein the reactive groups comprise epoxy groups, ethylenically unsaturated groups, or hydroxy groups; and (c) an appropriate photoinitiator, e.g. a radical photoinitiator; and a cationic photoinitiator.
(2)A method of making a 3-D object from such a composition and a 3-D object made by the method are also provided.
(3)The cured composition generally has a smooth surface.
(4)The use of the reactive particles makes the composition more stable and the particles do not readily separate out.
A photocurable composition,
including
(a) a photocurable monomer,
e.g. a cationically curable monomer and/or
a radically curable monomer;
(b) reactive particles
comprising a crosslinked elastomeric core,
e.g. made of polysiloxane material,
and a shell of reactive groups on an outer surface of the core,
wherein the reactive groups
comprise
epoxy groups,
ethylenically unsaturated groups,
or hydroxy groups;
and (c) an appropriate photoinitiator,
e.g. a radical photoinitiator;
and a cationic photoinitiator.
※including – (a) (b) (c) の関係にあることが分かります。
A method of making a 3-D object from such a composition
and a 3-D object made by the method are also provided.
※3-D object が繰り返されており、前半は「from such a compositon」、
後半は「made by ~」で限定されています。
The cured composition generally has a smooth surface.
The use of the reactive particles
makes
the composition more stable
and the particles do not readily separate out.
※この2文は特に説明不要でしょう。
ここで注意して頂きたいのは、文章の切れ目と階層構造(係り受け階層)が瞬間的に見えるためには、「高校レベルの化学」をベースに大学教養課程から学部導入部程度の知識へと接続させた基礎学力・専門領域への切り込み力(理解)が前提となっているということです。
ここが欠落している人は、まず何らかの方法でここを補充してからソフトを活用しないと、ソフトの出力に振り回されてかえって時間を無駄使いしてしまいますので注意が必要です。
私が主催している翻訳講座が、「岡野の化学」(高校生向けの化学を初心者向けに解説した予備校講師執筆の参考書)レベルの基礎知識を出発点に
- 大学で使用している「各種テキスト」
- 特許庁のデータベースで公開されている「特許明細書」
- 特許判例
などを素材として学習を進め、最終的に特許明細書を内容理解できる程度までレベルアップさせようとしているのはこのような背景があるためです。10年前からこのレベルでコンテンツ作成している講座・スクールは他にはありません。
そしてここまでのレベルアップができていれば、機械翻訳ソフトで処理した後に短時間で微調整(誤訳修正)をし、納品レベルの訳文に仕上げることが可能となります。
機械翻訳を利用するメリットは、自分が「翻訳できない」レベルの翻訳作業を代行してくれることではありません。内容を理解できない機械にそのようなことを期待するのは大変危険です。
むしろ、そのメリットは、入力作業を省き、いったん修正登録した「用語」や「チャンク」(数個の単語からなる「かたまり」) をデータベースとして登録し、将来別の案件に再利用できる点にあります。こうすることで、「速度」と「品質」を両立させることができ、他の翻訳者との差別化ポイントになるのです。
長い案件であればあるほど、この用語の再利用のメリットは大きくなります。すなわち、「未知語・修正済みの用語・チャンクを登録」→「機械翻訳ソフトで処理」→「さらに未知語・修正済みの用語・チャンクを登録」・・・を繰り返すことで、どんどん後ろにフィードバックがかかるため用語精度は改善され、未知語は減少していくことになります。訳質は向上し、速度は飛躍的にアップします。
以下が機械翻訳による処理結果ですが、修正が必要と思われる箇所を「下線」でマークしてみましたので、まずそこに気づけるかどうか、そして、自力で正しく修正できるかどうかを確認してみてください。
もし、適訳を短時間で出せない場合には、理系の基礎知識が欠落していますので、英語の勉強をいったん止めて、足りない知識の補充に振り向けてください。
A photocurable composition, including
光硬化性組成物、含むこと
(a) a photocurable monomer, e.g. a cationically curable monomer and/or a radically curable monomer;
(a)光硬化性モノマー(例えばカチオン的に治療可能なモノマーおよび/または根本的に治療可能なモノマー);
(b) reactive particles comprising
(b)成り立っている反応性粒子
a crosslinked elastomeric core, e.g. made of polysiloxane material, and a shell of reactive groups on an outer surface of the core
クロスリンクされたエラストメリック核(例えばポリシロキサン材でできている)および外側の芯材の表面上の反応性基のシェル
, wherein the reactive groups comprise epoxy groups, ethylenically unsaturated groups, or hydroxy groups;
そこにおいて、反応性基は、エポキシ基、エチレン不飽和基またはヒドロキシ基から成る;
and
そして、
(c) an appropriate photoinitiator, e.g. a radical photoinitiator;
(c)適切な光重合開始剤(例えば根本的な光重合開始剤);
and a cationic photoinitiator.
そして、陽イオン光重合開始剤。
A method of making a 3-D object from such a composition and a 3-D object made by the method are also provided.
この種の構成物から3Dオブジェクトを作る方法および方法によって行われる3Dオブジェクトも、設けられている。
The cured composition generally has a smooth surface.
硬化した構成物は、滑らかな表面を一般に有する。
The use of the reactive particles makes the composition more stable and the particles do not readily separate out.
反応性粒子の使用は構成をより安定にする、そして、粒子は直ちに分離しない。
繰り返しになりますが、「下線部」に違和感を感じないとしたら、それは「英語力」の問題ではなく「基礎学力」「内容理解力」が不足していることが原因です。
ですから、そのまま英語の勉強を続け文法や用法の知識を増やし、単語を沢山暗記したとしても稼げる翻訳者には決してなれません。そのような投資は翻訳者になるうえでは役には立たず、むしろ回収不能なコスト(サンクコスト)がどんどん積み上がるだけです。
なので、そのような英語学習は直ちに中止し、むしろ、理系の基礎知識を中心とした基礎学力をつけることに力を注ぐべきです。
機械翻訳の精度(評価)
今回検証を行ったのは「部分訳」に過ぎず、実際には、全体を読み通した上で完成訳文を作成する必要があるため、今回の出力結果から精度を「何パーセント」と数値化することは困難です。
ですが、下線部が「誤訳」であることは見た瞬間に判断が可能です。 翻訳者の感覚で言うと、この部分だけの翻訳なら、要修正箇所確認に1分、辞書登録(更新)に5分程度ではないかと思います。
このような登録作業を一度行っておけば、この修正は今後行う「全案件」に適用されるため、本件のみならず類似案件の精度も段階的に・ステップバイステップで改善され、作業性(翻訳速度)も同様に向上するはずです。
機械翻訳の問題点
このように「ちゃんと間違えてくれる」機械翻訳ソフトであれば、修正が簡単で徐々に精度も上げていけるため、翻訳者にとっては非常に便利なツールですが、以下のような問題点もあります。
翻訳者の実力面から
自力で翻訳できる実力(専門知識、背景知識)がないとそもそも修正ができませんし、仮にできたとしても時間がかかってしまうという点です。
機械翻訳の出力結果を修正する仕事であるMTPE(Machine Translation Post-edit)は、コストダウンが前提で導入されているため、純粋な翻訳案件よりも報酬は低く抑えられています。ですから、レートが低下した分、処理速度でカバーできなければ、翻訳者の収入は下がってしまうことになります。
そこで、内容を理解できていないレベルの翻訳者にありがちなのが、処理速度を向上させようとして、PCが得意とする一度に大量に用語を置き換えるような安易なテクニックに流されてしまうことです。
ですが、それをやっていたのでは永久に翻訳ソフトに追いつくことはできず、永久に安い末端作業員(ゴミ取り要員)としてこき使われることになります。
機械翻訳の性質から
もし、意味のある文章に「意訳」してしまうような「AIエンジン」の出力結果を修正するとしたら、たとえ実力のある翻訳者であっても、原文との突き合わせが必要となり作業性は大幅に低下します。さらに、それが翻訳初心者となれば、ソフトの出力結果にひきづられて修正すらままならないという可能性も出てきます。
AIは意味を理解しているわけではないため、破滅的な訳文を生成することもありえます。ですから、それを修正することは一種の「暗号解読」作業に近いものとなり相当の時間を要するため、最初から自分で翻訳したほうがマシという事態も起こりえます。
以上のことから、機械翻訳は、活用する 「翻訳者の実力」 と「機械翻訳の性質」とがマッチして初めて、効率アップが可能なツールと言えるでしょう。
機械翻訳を修正すれば使えるのか
結論としては使えます。ただし、自力で翻訳できる実力(専門知識、背景知識) あることという上記の条件を満たすことが必要です。
機械翻訳を翻訳支援ツール(CATツール)とした活用方法
機械翻訳ソフトであるPAT-Transerには、 Trados(SDL インターナショナル社 が販売している翻訳支援ソフトウェア)のオリジナルメモリを組み込んで連動させる機能がついています。
ですから、もし利用者が普段からTradosなどの翻訳メモリに、高い精度の「原文・訳文ペア」を蓄積しているのであれば、機械翻訳と組み合わせることでさらなる効率アップが可能となります。
翻訳メモリとの連動
人力とソフトとの協働作業により翻訳効率はアップ可能です。
翻訳メモリについて
翻訳メモリとは、「自力」で翻訳作業する翻訳者を支援するソフトであり、何度も使う定型文を自動的に流し込んで使いまわしたり、類似文を自動参照して一部修正し翻訳を完成させたりできるものです。
翻訳メモリの種類と機能
一番有名なものにSDL インターナショナル社のTradosという製品があります。他にも、memoQ、MEMSOUCEなどがありますが、いずれも「自力翻訳」が前提です。
「自動翻訳」との連携も進みつつあるようですが、その翻訳精度・作業性については今後検討されるべきものと思われます。(https://www.sdltrados.com/jp/blog/trados_and_mt.html)
ただ、少なくとも言えることは、全ての翻訳対象を最初から訳すのではなく、過去に処理したことがあるファイル内の同一または類似の文章または用語を再利用して翻訳速度を向上させる際に重要となる翻訳メモリの量及び質が充実していれば、より翻訳作業は効率アップできるということです。
機械翻訳が超えられない壁
機械翻訳の最大の欠点として、「内容」「意味」「文脈」の理解ができないという点が指摘されています。
研究者の間では、その点も今後の研究で克服できるという意見もあるようですが、「行間を読む」AIの出現があるのかどうかを含めて、AI翻訳が人による翻訳を超えることについては懐疑的な意見も見受けられます。
機械翻訳の進化が私たちにもたらす変化
機械翻訳が発達した場合、翻訳の世界でもう人は不要となってしまうのか、また、どのように付き合って行くべきかについて考えてみたいと思います。
英語や翻訳を学ぶ必要はなくなるのか
TOEICの点数などで評価できる英語力については、近いうちに満点レベルのものが開発される可能性はありますが、「翻訳」は単なる単語の置き換えで完成するわけではないことから、以下のような否定的な論文も見受けられます。
機械翻訳の台頭によって,辞書だけでなく翻訳ソフトも翻訳家の「ツール」として用いられていることは既に常識となっており、 機械翻訳で出力された翻訳物をブラッシュアップさせるポストエディターという仕事も一般的となり、 翻訳家の労働環境に変化が起こっていることは間違いない。
けれども、 ニューラル機械翻訳はあくまで「既存のデータ」を機械自身が学習して 翻訳精度を高めることを前提としているので 「未知の単語(unknown words)」を創造的に訳すことは不可能であるし 「長い文(long sentences)の処理」や「最適化(optimization)」 に関しては、統計的翻訳のほうが精度の高い場合が多い。
https://dept.sophia.ac.jp/g/gs/wp-content/uploads/2018/10/52a484c937a997630b2a553418a18a49.pdf
ただし、その統計的機械翻訳も「性・数・格・人称」などの 「一致(agreement)」「等位(coordination)」 「代名詞照応(pronoun resolution)」など様々な言語で頻繁に現れる現象には全く対処できておらず、その解決の糸口さえも今のところは掴めていない
機械翻訳の登場は、そもそも翻訳とは何かという問題について考えさせるきっかけになったとはいえると思われます。単なる単語の置き換えで終わるものではなく、意味理解に加え、原文の意図をくみ取る高度な作業を機械によって完全に代替することは今後もかなりの困難を伴うことを読み取ることができます。
人が翻訳品質を向上させるためには、今後も高度な知的作業を支える学習が必要になることは間違いありません。
機械翻訳ポストエディト(MTPE)の立ち位置
仮にMTPEが、実力のある翻訳者が、完成度の高いエンジンが処理した意訳されていない訳文を、短時間でほぼ「完ぺきな訳文に修正」するプロセスを意味するのであれば、 それは翻訳業界に福音をもたらすものであると言えます。
しかし、単なるコストダウンの名目として、実力不足の翻訳者が、適当に処理された「不完全な訳文」を「適当に修正」するプロセスとして、MTPEが存在するのであれば、「百害あって一利なし」と言えるでしょう。
まとめ
今後、AI研究の進展とともに翻訳業界は変化を余儀なくされるはずです。そして、その中で翻訳者として生き残っていくためには、AIやITについての知識および高い専門性・英語力・日本語力を備えておく必要があります。
すなわち、翻訳業は、これまでのように「語学教育」の出口としての職業ではなく、「言語+IT」をコアとしたハイレベルで、競争が激化した職業領域になると予想されますので、その変化に耐えうる準備が今すぐ必要です。
特許翻訳でいえば、特許技術者レベルで技術を理解し、請求項も書けるレベルの翻訳者が真のトップレベル翻訳者のみが今後生き残っていけると思います。
会社員の年収が二極化しているように、翻訳者も二極化が鮮明になっていくでしょう。末端で生きていくのかそれともトップ層に駆け上がるのか。特にこれから勉強を始める人は「決める」必要がありそうです。日本の社会から「普通」は消えつつあるのですから。
<追記>
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