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化学系特許明細書には、沢山の化合物が登場します。

では、これらの化合物はどのようなルールで命名されているのでしょうか。

こういう疑問が生じると、すぐに命名法の書籍を買って勉強しようとしたり、
命名法のセミナーに参加したりする人がいます。

でも、ちょっと待ってください。

そもそもそういう勉強は本当に必要なのでしょうか?
そこをちゃんと確認しておかないと、必ずしも必要とされない
勉強に時間とお金を無駄遣いすることになります。

命名法の完全マスターは化学系の専門家でもハードルが高いのですから。

今回は、化学系特許明細書を読む際に、最低限どこまで
知っていなければならないのか、命名法のポイントについて
お話したいと思います。

翻訳者が知るべき命名法の3つのルール

まず、命名法には、

① IUPAC(International Union of Pure & Applied Chemistry
  国際純正及び応用化学連合)の規則に基づくもの

② CAS(Chemical Abstract)によるもの

③ 慣用名によるもの、の3通りがあります。

①と②は多少の違いはありますが本質は同じです。

③は、いまだに広く利用されていますので、
これを知らないと古い文献を読むときに困ります。

ちなみに、化学の専門家になるためには、
①~③全てをマスターする必要があります。

IUPAC

IUPACは、わかりやすくて明確な命名を目指しており、
必ずしもある化合物の名称が1つに限定される必要はありません。

つまり、個々の化合物の命名には裁量の余地が残されているのです。
結果、IUPACでは名称と構造とは「多対1」の対応となっています。

CAS

これに対してCASでは、実験的又は理論的に取り上げられた
あらゆる化学種を収録して科学者の検索の用に供するように要請されます。

従って、CASの索引名は、同じ化学種が別名を持たないように規則を作り、
それが厳密に適用されることが期待されます。

そこで、CASにおいては原則として、
名称と構造との対応が、「1対1」となっています。

特許翻訳者にとっての命名法

特許翻訳者が構造式から名称を決定することは、通常求められていません。

従って、最低限押さえておくべきは、
同じ構造式に複数の名称が割り当てられている場合に、
明細書執筆者の注意力不足で、同一化合物の名称が統一されず、
同一明細書内で「ゆらぎ」が生じている可能性があることです。

特許翻訳者は、その場合の対応方法を知っておく必要がありますが、
以下のような方法で対応することができます。

まず、J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター
「化学物質の目的別検索」などを利用して、
別名の有無及びCAS登録番号を確認します。

J-GLOBAL

CAS登録番号については、化学情報協会の説明を参考にして下さい

CAS登録番号全般 – 化学情報協会

化学情報協会

CAS 登録番号 (CAS Registry Number: CAS RN) は,
世界的に利用されている、個々の化学物質に固有の識別番号です。

CAS 登録番号自体には化学的な意味はありませんが、
一つの物質あるいは分子構造に様々な体系名・一般名・商品名・慣用名などが
存在する場合にも間違いなく同定 できる手段となっています。

CAS 登録番号は、CAS の作成するすべてのデータベースに
用いられているほか、他の多くの公的・私的データベースや
化学物質規制リスト登録にも利用されています。

このようにして、ある化合物の名称が複数存在し、
それらが明細書内で統一されていない可能性がある場合に、

別名検索の結果とCAS番号を対比させることで、
明細書中の揺らぎが実際生じているのか、それとも、
同一化合物かと思われたものが別化合物(別CAS番号)であったのかを
確認することが可能となります。

また、同様な調査方法を使えば、化合物の一部が文字化け等で読めない場合、
文字化け部分を確定することができる場合もあります。

もちろん、これらの調査結果は、必要に応じて訳文と併せて
コメントとして依頼者に連絡することになります。

命名法誕生の背景と必要性

そもそもなぜこのような命名法が生まれたのかを知っておくことは、
命名法とどのように付き合うべきかを理解する上で重要です。

科学の進展と共に確認された化合物の数が膨大になってくると、
それまで使われてきた慣用名だけでは間に合わなくなることは
容易にご理解いただけると思います。

膨大な数の化合物を命名するための「命名の約束事」(ルール)が
必要となってきたのです。

そして、実験室で合成された化合物が新規物質であるか否かを
命名及びCAS番号検索によって判断することができれば、
研究も効率的に行えます。

加えて、構造の共通性(その構造に基づく特性・物性)をある命名ルールに
紐付けておくことは、専門家同士の議論や思考経済上も有益です。

ソフトウェアを活用して、構造から簡単に化合物名を決定できる時代には、
化学者が独力で複雑な化合物の命名をするニーズも薄れており、
命名できるスキル自体にさほどの価値があるとは思えません。

特許翻訳者が命名法をマスターする必要性

命名法のルールが何に着目しているのかさえ理解しておけば、
明細書を読み解く上での強力な武器になります。

例えば、明細書中に「~類」とあった場合、
その類に対応する化合物の構造上の特徴や特性が想起できれば、
明細書の意図するところをすばやく理解できる可能性があります。

けれども、

特許翻訳者が構造式を見て、ゼロから命名することや、
命名の間違いを指摘したり、その名称の化合物が実在するかどうかを
判断したり、新規物質かどうかを判定するといった作業を
求められることはないのです。

あくまで明細書中の化合物名の「揺らぎ」を疑った際に
CAS番号を使ってその確認をしたり、一部文字化けのものを修正したり
明細書中の化合物のグルーピングを行って構造・特性情報を読み取り、
コンテクストの素早い把握に役立てることができれば十分なのです。

翻訳関係者の話は鵜のみにするな

翻訳関係者や講師などの中には、自分が化学の専門家であることを
アピールするために、命名法の専門書を持ち出したり、
優秀な翻訳者であると言えるためにはそういう専門書をマスターすることが
必要であるかのような説明をしたりすることがあります。

しかし、そういうポジショントークに惑わされてはいけません。

命名法のルールは必要に応じてネットからいくらでも入手できますし、
化学系特許明細書の内容理解のために求められる命名法の知識は
そもそも限定的なのです。

間違っても化学者・研究者になろうとはしないでください。
時間と労力の無駄遣いになります。

まとめ

化学系特許明細書を読むために必要とされる「命名法」の知識は
あくまで限定的なものですので、巷の話に惑わされて
無駄な努力をしないように気をつけて下さい。

特許翻訳者に求められていることは、
命名法についてのルールが複数あることを知ること

同一化合物に複数の名称が対応している可能性と、
CAS登録番号の確認作業が翻訳作業に役立つことを知ること

命名法の大枠と、構造・特性の対応関係の概略を知り
素早く明細書の内容を把握することなのですから。

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