特許翻訳者になりたいという人に、
「これまでに何件ぐらい明細書を読みましたか?」
と聞くと、
「まだです。まだ明細書を読んだことがありません。これからです。」
と答える人が多いのに驚かされます。
毎日、特許明細書の翻訳をするのが「生業」の特許翻訳者を
目指しているのに、これはどういうことでしょうか。
更に驚くのは、特許翻訳の勉強を開始して何年も経つというのに
まだ明細書を読んだことがないという人が少なからず存在することです。
彼らは何をしているかというと、
ずーっと英語のお勉強をしているんですね。
これでは、特許翻訳者になれるわけがありません。
トライアルに合格できるわけがありません。
一流のバッターになりたい野球少年が、
一度もバットを振ったことがないというのと同じですから。
ただ、だからと言って闇雲に明細書を読もうとしても読めません。
特許明細書の読み方にはコツがあるのです。
この点、「定型表現」を切り口に読み方を解説したり、
部分的に読んだことで、明細書を読んだことにしている場合もあるようですが
これでは当業者の読み方に迫ることはできませんし、
優秀なサーチャーもそんな読み方はしません。
本記事では、これから特許翻訳者になりたいという人向けに
「特許明細書の読み方」について説明させていただきます。
これまでそれなりの数の明細書を読んで来たけれども、
自己流でうまく読み込めてないのではないか?
という不安を抱えている人にも役立つ内容となっておりますので、
是非最後までお読みください。
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目次
そもそも特許明細書とは何か
こちらには、「特許出願人が、その技術分野の専門家が発明を
実施することができる程度に十分に、発明を説明した書類である」
との説明がありますが、
この点については、特許法1条についての特許庁のページを
参考に考えると分かりやすいと思います。
(参照)※太字部分は本記事作成者による。
特許法第1条には、
「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、
もつて産業の発達に寄与することを目的とする」とあります。
発明や考案は、目に見えない思想、アイデアなので、
家や車のような有体物のように、目に見える形でだれかがそれを占有し、
支配できるというものではありません。
したがって、制度により適切に保護がなされなければ、
発明者は、自分の発明を他人に盗まれないように、
秘密にしておこうとするでしょう。
しかしそれでは、発明者自身もそれを有効に利用することが
できないばかりでなく、他の人が同じものを発明しようとして
無駄な研究、投資をすることとなってしまいます。
そこで、特許制度は、こういったことが起こらぬよう、
発明者には一定期間、一定の条件のもとに特許権という
独占的な権利を与えて発明の保護を図る一方、
その発明を公開して利用を図ることにより新しい技術を
人類共通の財産としていくことを定めて、
これにより技術の進歩を促進し、産業の発達に寄与しようというものです。
ものすごく端折って言うと、
「発明したら公開してね。その発明は国が保護してあげる。
その代わり、ライバル企業はその発明を参考に
もっと良い発明をするかも知れないけど、お互い様だから、
参考になるところは参考にどんどん競争して
良い製品開発して工場建ててばんばん売って儲けてね。
儲かったらたんまり納税してもらうね。」ってことです。
もっと上品に言うと、日本弁理士会のページにあるように、
「発明を秘密にしておくのではなくて、
世の中に公開するとともにその代償として特許権という独占権を
得ようとするのが、特許制度の趣旨及び目的になります。
つまり、私はこのような発明をしましたので世の中に
その技術内容を公開しますという役目を負っているのがこの明細書です。」
この明細書の趣旨に沿って、以下の様式が定められています。
特許明細書の構造
願書の様式については、
「1.願書等様式(通常出願)(1)通常出願 特許」
特許出願書類:明細書の記入例については、
「特許出願書類:明細書(平成21年1月1日以降)の記入例」
をご覧ください。
次に、「特許の上手い読み方」として、
弁理士会・東海支部のページに以下のような内容が記載されています。
アウトラインと思われる部分だけをわたしが抽出しました。
● 「特許請求の範囲」は後回し(最後に読む)
● 「要約書」から見る(代表図面も一緒に)
→発明の概略を知る
●「明細書」は従来の技術(背景の技術)から発明が解決しようとする課題を見る
→目的を知る
● 課題を解決するための手段
→構成、作用、効果に着目
● 実施例
→必要部分だけ、特徴的な部分を探す
● 「発明の概要」を「特許請求の範囲」とすり合わせる
ポイントは、最初から順番で読まない、
発明の概略の把握に努めるということです。
当業者が短時間で読める理由
当業者やサーチャーは、数秒からせいぜい数分で
特許明細書のコア(キモ)を読み取ることができます。
図面と請求項を軽くスキャンするだけで、「ああ、あれか。」と
エッセンスを抜き取ることができます。
ここに明細書読解のヒントが隠されています。
ここにこれから特許翻訳者になろうという人が、
特許明細書の読み方をマスターするためのヒントが隠されています。
彼らはどこをどういう順番で読んでいるのでしょうか。
そして、その際にどのようなことを考えているのでしょうか。
因果関係から考える
これから特許翻訳者になろうという人・ゼロから始めようという人が、
上級者の真似をするのは困難です。ハードルが高すぎます。
当業者であれば、タイトルだけで発明の概略が把握できます。
そうでない場合も、タイトルと出願人(会社名)・発明者を見ただけで
概略が把握可能です。
普段から、学会等でライバル会社の動向は注視しているわけですから、
「ああ、XX社のYYさんか。タイトルは、~か。ああ、あれか。
だいたいの内容は想像できるな。」で終わりです。
図面と請求項すら見る必要がありません。
しかし、それができない人はどうしたらいいでしょうか。
物事には因果の流れがある
ポイントは、因果関係です。
企業は研究開発のために大金を投じています。
その投入したお金はどこかで回収しなければなりません。
趣味や道楽で研究開発する企業は存在しません。
その企業にとって解決すべき「問題」があり、
その「問題」を解決することで製品の「競争力」が向上し、
マーケットから多くの「利益を回収」でき、
その「利益の一部」をまた次の研究開発費に「投入」するという
サイクルになっているわけです。
そして、当該企業にとって目指すべき研究成果があるとすれば、
その成果によって解決されるべき問題が存在し、
その解決すべき問題は利益を生む自社製品あるいは
これから製品化しようとするものと関連したものであることは
容易に想像できるでしょう。
だから、当業者でない人が特許明細書を読む際に最初に確認すべきは、
「解決すべき課題(問題)」とそれがなぜ設定されたかという
「背景」に関連する部分であることは明白です。
問題→解決、そしてその間に「発明の成果(効果)」が挿入されるはずです。
全体の流れは、「背景(業界の動き)→問題→発明の成果(効果)→解決」
であり、問題解決までの道筋に存在するのが基礎理論(専門知識)に
裏打ちされた論理ということになります。
自動車メーカーが燃費向上させたエンジンを開発する目的は、
ユーザーへの価値の提供であり、
ユーザーがその価値を認めてくれることによる
自社製品の選択→自社の売り上げ増→利益増大ですから、
この場合は、問題設定は容易かつ明白であり、
発明の中心は、燃費を向上させる手段追求に帰着します。
しかし、発明によっては「なぜそのような問題設定がなされたのか?」
が当業者以外には理解困難なものも存在します。
その場合、当業者が共通して持っている知識、
常識部分については補充するしかありません。
では、この常識はどのようにして獲得すべきでしょうか。
ニワトリと卵
逆説的ですが、特許明細書が読めないのは特許明細書を読まないからです。
特許明細書の中には、特許文献・非特許文献の引用があるはずです。
それを読めば、発明者が着目しているライバル企業及び
そのテーマで自分と競っている研究者が分かります。
研究開発のテーマは共通しているわけですから、
数件~十数件まとめて読めば、おおよそどういう会社が
どういうテーマに群がって競合しているかは分かるわけです。
あとは、解決すべき問題への切り込み方(アプローチ)に
どの程度の振れ幅があるかどうかを確認し、
それを中学~高校で学んだ科目(数学、物理、化学、生物など)に
登場する基礎理論に照らし合わせて読み解く作業となります。
当業者が特許明細書を瞬時に読み解けるのは、
この知識部分及び論理の運びが十分備わっているからです。
だから、それが不足している人が特許翻訳者を目指すのであれば、
この欠けている部分を補充するしかありません。
この補充作業を端折って、
英文法・構文や頻出パターン・一括置換等でごまかそうとするから、
おかしな翻訳文をはき出してしまうのです。
特許庁DBに公開されている訳文をチェックしてください。
大変残念なことですが、誤訳のオンパレードです。
特許明細書をちゃんと読めるようになるには、
ある程度の数の特許明細書を読むしかないのです。
文系のハンデはあるか
あるかないかと問われれば、「あります」としか答えられません。
が、文系の人が思っているほど、絶望的な差が理系との間に
存在するわけでもありません。
むしろ、論理力の差が大きいと思います。
普段から、なぜそうなのか、裏取りして納得するまで
調べるクセが付いているのであれば、さほど苦労しないはずです。
むしろ、問題は時間でしょう。
それなりの時間投入は必要です。
理系が投入した数年間を無かったことにするワケにはいきません。
あるとすれば、その間に理系が身につけた「~的考え方+論理力」を
どれだけ期間圧縮してキャッチアップできるかでしょう。
広さと深さ
本当の難しさは、あるテーマについてどこまで深掘りするのかにあります。
特許翻訳に必要とされる知識の深さを見切る力を
独力で身につけることは、極めて困難と言えます。
要不要が文系には極めて見極めにくいのです。
何年も努力しているのにどうも読み方のコツが見えてこない、
という人は「努力の方向性」が間違っている可能性があります。
知識は無限の広がりを持ちます。深さも底なしです。
それを特許翻訳者に必要な範囲で見切ることの難しさ。
おそらく特許翻訳者をゼロから育てる上で、これが最大の難敵でしょう。
暗記脳からの脱却
脳が脳たるゆえんは、答えがあるのかないのか分からない状態で、
課題を設定することができることです。
イメージ、構造化し、自己の知識体系・知識空間の中に
対象を持ち込むことで、問題設定及び解決策までの連結部分を導出する力です。
課題設定力・課題解決量の根本にあるのは、イメージする力です。
そして、これは理系だからと言って、必ずしも備わっているとは言えません。
優良特許を出願するために必要なスキルです。
特許翻訳では、この部分の作業は企業(研究者)が
やり終えているわけですから、あとは論理と知識で繋いて、
因果の流れに乗せるだけです。足りないのは専門知識ではありません。
すでに終わっている課題設定、課題解決に沿って、
構造化し図解化することでそのトレースをしてみることです。
この作業の重要性に気づければ、一定期間の鍛錬によって
特許翻訳者になれるのは当然といえるでしょう。
まとめ
特許明細書を読む上でいくつかのポイントがあります。
まず、量を読むこと。
次に、論理が破綻しないように内容理解に努めること。
知識ではなく、鍛錬こそが重要であると知ることです。
そしてそれらができるようになるには、
おそらく年単位の期間が必要となってきます。
そのまずは第一歩として、特許明細書を読んでみてください。
すべてはそこから始まるのですから。
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