ある雑誌(稼げる産業翻訳者になる!翻訳力を鍛える本
(イカロスムック、P.94))によれば、

有名な翻訳スクールの4社のうち3社までが「調べ物力」を
翻訳者の必須スキル第1位にしています(残り1社は3位)

 

では、この「調べ物力」とはどのようなもので、
どう運用されるものなのでしょうか。
具体的な事例を使って説明してみたいと思います。

 

 

翻訳者に求められる「調べ物力」とは?

 

おそらく、この「調べ物力」という言葉は、
あまり一般的ではないと思います。

 

ただ、そのうちの一社によれば、調べ物力とは
「情報収集や裏取りはもちろん、知っている単語でも
辞書を引く、分野に応じて適した訳語の傾向を掴むなど」

 

となっていますので、以下のようなことを
指しているのではないかと推測されます。

 

 

不明な訳語を「確定するプロセス」でネットや辞書を
活用して調べたり、

 

一応「確定された訳語」を複数の情報ソースを
クロスチェックさせたりして訳語の「精度」を上げること。

 

知っていると思っている単語であっても、
思い込みで確定させようとしないで辞書にあたって
慎重に確定すること。

 

専門的な用語は、その分野の常識的な使い回しや
特殊な訳語がないかをしっかり調査することで、
より高品質な訳文に仕上げる

 

 

 

翻訳事例で「調べ物」を体験してみよう

 

例えば、次のような英文があるとしましょう。

 

これは化学系の特許から抜粋したものですが、
化学を専攻していない人がつまずく箇所が1カ所あります。

 

 

Salts derived from such inorganic bases include aluminum, ammonium, calcium, copper (ic and ous), ferric, ferrous, lithium, magnesium, manganese (ic and ous), potassium, sodium, zinc and the like salts.

 

この中で(ic and ous)の部分です

 

 

 

特許文書であるとわかる場合

 

もし、この文章が特許の文章であって、特許データーベースの存在
及びそこから対訳を探すというテクニックを知っていれば、

 

以下のようにペアとなる文章を探し出し、単語を対応させることで
当てはめるべき訳語を確定させることができそうです。

 

 

(問題の英文)

 

Salts derived from such inorganic bases include aluminum, ammonium, calcium, copper (ic and ous), ferric, ferrous, lithium, magnesium, manganese (ic and ous), potassium, sodium, zinc and the like salts.

 

(対応する日本語文)

 

該無機塩基由来の塩は、アルミニウム、アンモニウム、カルシウム、銅(銅(II)および銅(I))、鉄(III)、鉄(II)、リチウム、マグネシウム、マンガン(マンガン(III)、マンガン(II))、カリウム、ナトリウム、亜鉛などの塩を含む。

 

すなわち、両者の対比から、以下のように対応関係が判明します。

 

copper (ic and ous)

銅(銅(II)および銅(I))

 

manganese (ic and ous)

マンガン(マンガン(III)、マンガン(II))

 

 

 

特許文書であると分からない・対訳がない場合

 

問題なのは、特許であること、特許データーベースが存在すること、
対訳が存在すること等を知らなかった場合、

 

あるいは、これらの情報があっても対訳が存在しなかった場合に
どうやって訳語を確定するかということです。

 

この場合、別のルートを探索しなければなりませんが、
どうすればいいのでしょうか?

 

もし、この文章が化学についてのものであることさえ分かれば、
検索テクニックを駆使し、試行錯誤で答えに近づくことは可能です。

では、やってみましょう。

 

 

 

【Step1】ic and ousとは?

Googleで「chemistry|chemical copper|manganese ic|ous」
と打ち込んで検索してみると、以下のページがヒットします。

 

http://www.digitalillusions.ca/applewoodscience/LessonsOnLiine/Chemistry/SCH3U0/nomenclature/Latinsystem.html

 

 

Another system of naming compounds, where the first element may have more than one valence, is the “ous-ic” system. This is the oldest system and uses Latin names for many elements. In this method, the lower valence of the first element uses the suffix “-ous” and the higher valence uses the suffix “-ic“.

 

この説明から、化学の分野における化合物の名前に関するもの
であること、suffixとして「-ous」と「-ic」を使い分ける場合が
あることなどが分かるはずです。

 

 

 

【Step2】イオンの価数?

では、続けて、Googleで
「suffix +“-ous” +”-ic” naming system」
で検索してみると、

 

http://chemed.chem.purdue.edu/genchem/topicreview/bp/ch2/names.html

 

Some metals form positive ions in more than one oxidation state. One of the earliest methods of distinguishing between these ions used the suffixes -ous and -ic added to the Latin name of the element to represent the lower and higher oxidation states, respectively.

 

Fe2+

ferrous

 

Fe3+

ferric

Sn2+

stannous

 

Sn4+

stannic

Cu+

cuprous

 

Cu2+

cupric

 

このような説明があり、

どうやらイオンの価数二種類存在する元素のうち
価数の小さいものに「ous」、価数の大きいものに「ic
というsuffixが付いているようだと分かります。

 

 

 

【Step3】その表記方法

加えて、以下の説明から

 

Chemists now use a simpler method, in which the charge on the ion is indicated by a Roman numeral in parentheses immediately after the name of the element.

 

Fe2+

iron(II)

 

Fe3+

iron (III)

Sn2+

tin(II)

 

Sn4+

tin(IV)

Cu+

copper(I)

 

Cu2+

copper(II)

 

現在では、()や()といったローマ数字が
使われていることが分かります。

 

 

 

【Step4】結論

とすれば、下記が意味するものは、

 

copper (ic and ous)

銅(銅(II)および銅(I))

 

manganese (ic and ous)

マンガン(マンガン(III)、マンガン(II))

 

銅の価数大きいもの小さいものだということになります。
さらに、ここから先は化学の基礎知識が必要となります。

 

 

 

【Step5】さらなる考察

については「2価」のものと「1価」のものが存在することを
知っていれば、ⅡとⅠの表記を対応させるべきですから、

 

この部分は、公開訳文の表記スタイルである
銅(銅(II)および銅(I))以外にも

 

銅(Ⅱ及びⅠ)

銅(Ⅰ及びⅡ)

銅(Ⅰ)及び銅(Ⅱ)

銅(Ⅱ)及び銅(Ⅰ)

 

も可能なのでは?と考えることが可能です。

 

そして、ここで問題となっているのはsalt(塩)ですから、
が一価又は二価となっているのは、

「塩の形態」としてということになります。

 

 

このように様々な角度から検索し、ヒットしたページから
必要な情報を読み解くためには、

 

化合物

命名法(命名のルール)

イオン

元素

価数(複数種類の存在)

 

などの基礎知識が前提となっていることが
おわかり頂けると思います。

 

また、概念には歴史があり、昔はこうだったけれども
現在はこうなっていると言った理解も必要となります。

 

つまり、「調べ物力」とは、マニュアルで記述仕切れるほど
パターン化されたものではないのです。

 

従って、同じようにインターネットを使い、同じような辞書を
揃えていたとしても、調べ物力には大きな差がついてしまうのです。

 

 

 

まとめ

 

ネットや辞書で、調べる・確認する作業が必要であることは
当然ですが、どうやって、どういう方向で調べて結論に到達するか
という「方針を立てる力」が重要です。

 

ここに翻訳者の「調べ物力」の差が生まれるのです。

 

ですから、その力をつけるためにも、ケース毎のトレーニングを
日々重ねていく必要があるのだと私は思います。

 

 

(参照)今回利用した特許

 

英文:

 

http://www.google.com/patents/US20120214808

 

The term “pharmaceutically acceptable salts” refers to salts prepared from pharmaceutically acceptable non-toxic bases or acids. When the compound of the present invention is acidic, its corresponding salt can be conveniently prepared from pharmaceutically acceptable non-toxic bases, including inorganic bases and organic bases. Salts derived from such inorganic bases include aluminum, ammonium, calcium, copper (ic and ous), ferric, ferrous, lithium, magnesium, manganese (ic and ous), potassium, sodium, zinc and the like salts.

 

 

特許検索ページ:

 

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/tokujitsu/tkbs/TKBS_GM101_Top.action

 

特許2012-140455

 

 

日本語:

 

【公開番号】特開2012-140445

 

用語「医薬的に許容し得る塩」とは、医薬的に許容し得る非毒性の塩基または酸から製造される塩を意味する。本発明の化合物が酸性である場合には、その対応する塩は、医薬的に許容し得る非毒性塩基(無機塩基および有機塩基を含む)から容易に製造され得る。該無機塩基由来の塩は、アルミニウム、アンモニウム、カルシウム、銅(銅(II)および銅(I))、鉄(III)、鉄(II)、リチウム、マグネシウム、マンガン(マンガン(III)、マンガン(II))、カリウム、ナトリウム、亜鉛などの塩を含む。

 

 

 

<追伸>

 

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